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村上 密 Blog

<   2011年 08月 ( 15 )   > この月の画像一覧

プロパガンダ

 唯一神教のキリスト教やイスラム教、ユダヤ教は排他的で戦闘的である。しかし、汎神論は調和を求め平和的である。このような主張を、しばしば、日本を代表する哲学者がしています。日本人の大半は、自覚するしないは別にして、汎神論です。よく考えて下さい。天皇を神に祭り上げて、日清、日露、日中、太平洋戦争と突き進んだ日本が平和的でしょうか。徳川幕府下では、キリシタン弾圧は悲惨でした。織田信長の一向宗弾圧も悲惨でした。戦国時代はどうでしょうか。汎神論の世界観を持つ日本人が平和的とは言えません。このようなことを知っていながら、汎神論は平和的と主張するのはプロパガンダに過ぎません。
 聖書に「何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。あなたがたは、ほしがっても自分のものにならないと、人殺しをするのです。うらやんでも手に入れることができないと、争ったり、戦ったりするのです。」(ヤコブ4:1,2)と書いてあります。唯一神教だから、汎神論だからと神論の区別で、戦闘的とか平和的とかは関係ありません。
by maranatha | 2011-08-17 07:23

お盆と輪廻の矛盾

 お盆が来るたび考えさせられることがあります。お盆は先祖の霊を迎え、また送り出す行事です。仏教には輪廻という教えがあります。専門的なことはさておいて、一般の人は、人は死んでも生まれ変わると信じています。しかし、生まれ変わっていたら、霊を迎えることはできません。お盆と輪廻を信じている人は、矛盾していることを信じていることになります。
by maranatha | 2011-08-17 07:21

嘘のボディーガード

 英国のチャーチル首相は「戦時において真実はあまりにも貴重なので、いつも嘘というボディーガードに伺候されるべきである」と言っています。確かに、戦争の時には日本でも真実が隠されました。しかし、平和な時代でも、嘘がまかり通っています。勝つ或いは利益のためには手段を選ばない人が増えているからです。彼らは、嘘の情報で相手を撹乱し、真実から人々を遠ざけています。
 東日本大震災後の原発事故は、事態があまりにも深刻であるため、パニックを恐れる政府や東電によって過小に報告され、マスコミの協力を得て情報操作が進められました。被害を受けたのは、真実を知らされずに危険地帯にいた人です。
 私はカルト問題を長年扱ってきました。カルト化教会も含めて言えることは、嘘が多いということです。何が真実かわからない。だから、指導者の言うことを信じる。あるいは、上の人が間違っていても、従ったら必ず神が良くしてくださると彼らは信じて行動しています。嘘かなっと思っても深刻に考えない思考パターンです。疑いはサタンの誘惑と信じ込まされているのです。疑わない単純な思考は、脱会後に問題です。競争原理の社会では相手に出し抜かれたり、嘘に晒されたりするからです。善と悪、真実と嘘を見分ける力が要求されます。
 真実には社会を変革する力があります。真実から遠ざけられていた人が、真実を知ったとき、怒りは真実を隠した人に向き、虚構は崩されていきます。虚構の創造の責任者が次々と責任を取って失脚しています。嘘は真実を知られたくない人にとって必要ですが、真実に生きる人にとっては不要です。キリスト教の世界では嘘のボディーガードに守られている人が増えています。善悪二元論の戦闘的な人が育成されたからです。
by maranatha | 2011-08-14 19:01

天皇改宗

カルト
 ウィリアム・P・ウッダードは『天皇と神道 GHQの宗教政策』を1972年に英語で出版しまました。日本語訳は1988年にサイマル出版から阿部美哉訳で出ています。彼はGHQの宗教研究班の責任者でした。国家神道の解体に取り組んだ人でもあります。占領終了後は、国際宗教研究所の所長として、日本に滞在し、宗教界に影響を与えつづけた人です。1972年を記したのは、本の中に「国体のカルト」という表現があるからです。この当時、日本の戦時下の体制をこのように思っている人がいることに興味を持ちました。「カルト」という用語は1995年のオウム真理教事件後、社会問題を起こす新宗教に用いられて一般化しました。1980年代に「カルト」を使用する人は一部の専門家でした。ですから、1988年の訳本に「カルト」があるのは随分古いことになります。

天皇改宗
 この本の中に、大変興味深い記事があります。「マッカーサー将軍は、占領の初期においては、もし彼がそうしようと思えば、天皇もすべての日本人も、キリスト教の改宗させることができるのだという奇妙といってもよい態度をとっていた。ある宣教団体の幹部が伝えているところでは、将軍は、『自分がもっている権力を行使しさえすれば、天皇と七千万人の日本人を一夜にしてキリスト教徒にしてしまうこともできるだろうが、それは悲劇的なことだと承知している』と述べ、さらに『そうしないのは、それが"日本におけるキリスト教の終末"にほかならなくなるからだ』と説明したとのことである。その後ある時、将軍がビリー・グレアム師に対して、『天皇が内密にキリスト教を日本の国教にする用意があるといったことがあるけれども、自分は、いかなる宗教でも、それを国民に強要することは間違っていると考えているので、その申し出を退けた』と語ったことがあると伝えられている。」これは衝撃的です。

推薦図書
 この本は『英国機密ファイルの昭和天皇』(徳本栄一郎 新潮文庫)と合わせて読むと、戦前戦後の宗教事情が見えてきます。なお、『天皇と神道 GHQの宗教政策』の中に出てくる、ビリー・グレアム師はビリー・グラハム師ではないかと思います。さらに、「国体のカルト」がどのような意味で用いられているかというと「連合軍の指導者たちは、右翼の過激派が国民を洗脳し、天皇を制御する権力を獲得し、法律を支配し、教育を統制し、宗教を管理し、日本国を全面的崩壊の淵に追いやったのは、現津神たる天皇、神道、神の地などの概念を中心に作られた国家神道のカルトによったと考えたのである。」と著者は記しています。古い本ですが、この手の本は貴重で少ないので、購入を勧めます。
by maranatha | 2011-08-14 18:38

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の危機 6

財務局長の謝罪
 今年のアッセンブリ教団の教職研修会で、財務局長が負担金未払いについて謝罪をしました。研修会の司会者が司会進行中に謝罪をするのは場違いです。理事はだれも止めませんでした。理事会の了解の下で謝罪をしているのでしょう。教職研修会には約半数の教職が参加していますが、謝罪は教職にではなく、教会に必要です。教会が負担金を教団に納めているからです。未納金の年度、金額、いつ支払ったのか、明言がありませんでした。これで理事会はこの問題の幕引きをしたいのでしょう。負担金の未納は2,3の教会ではありません。もっと多く指摘されています。それらの教会が未納分を納めたのか、そのままなのか開示していません。理事会には、この不祥事に対する調査と報告の説明責任があります。従来、理事会は、部や委員会のメンバーを、負担金を納めているかを確認してから選びます。納めていない教会の牧師が選ばれることはありません。ところが、納めていない教会の牧師が選ばれているのです。総会議員の中にも負担金を納めていない教会の牧師が選出されています。処分(任を解くこと)をすれば、教団の運営に支障を来します。一人の人の謝罪で、穏便に問題の責任を回避しています。これは理事長の責任逃れです。総務局長の教会も負担金未納の指摘がありましたが、報告書の記載上の手違いと言っています。責任者が何年も記載を間違え、指摘されるまで気付かなかったのです。報告書を受け付けるのは総務で、記載の間違いを指摘するのも総務です。この総務局長の謝罪はありませんでした。理事長、総務局長、財務局長は三役と呼びます。負担金の問題を厳正に対処するなら、理事会が総辞職しなければならないのです。なぜなら、監督責任を果たしていないからです。理事会が問題に対して厳正に対処しないのは、理事会が問題を抱えているからです。

負担金
 教団は、約200の教会・伝道所の一般献金の10分の1を負担金として徴収します。負担金を納めない教会には、何度も督促があります。これは、納めても納めなくてもいいものではなく、必ず納めなければいけないものです。この督促の責任者が財務局長です。本人は謝罪の中で、辞任を理事長に申し出たが、遺留されたと言っています。督促の責任者が何年に渡って納めていないのですから、知らなかったではなく、知って納めなかったのです。謝罪で済む問題ではありません。

赦しの押し付け
 このような記事を書くと、謝罪したのだから、赦しなさい。このような赦しの押し付けが出てきます。また、名誉毀損だとはやし立てる人物も出てきます。名誉毀損だと思うならば、本人が警察に申し立てればいいことです。公に納めなかったことが分かっていることや公に謝罪したことを記事にして名誉毀損なら、新聞社は成り立ちません。その事実が公益につながるので、記事にしています。私は長く宗教問題を扱っています。この出来事が宗教団体への盲目的な信頼とならないように記事にしています。信徒は自分の所属する教団がどんな状態か知る権利があります。何事もない教団と安心しきっていると足元を救われます。助けてくれると相談を持ちかけたら、加害者をかばうことをしたりするからです。組織は本能的に組織防衛に走ります。問題に組織の責任者達が絡んでいた場合、特に組織防衛に走ります。それは本質的には組織防衛ではなく、責任者の責任回避です。組織を守るといって、自分を守っているのです。

カルト教会
 カルト教会の無能な牧師ほど、赦しを押し付けます。自分が一番問題を抱えているからです。彼らは責任を取ることはありません。責任を追及する人を組織から追放します。カルト教会に正義はいりません。牧師が正義です。カルト教会で、正義を振り回す人は、悪魔や悪霊に憑かれていると言われます。カルト教会では「善は悪」「悪は善」「黒が白」「白は黒」です。価値観が逆転した世界が、カルトの世界です。
by maranatha | 2011-08-13 18:45

月下美人

 月下美人の株を頂いて2年目、やっと純白の花が咲きました。8月11日午後8時、野外にあった月下美人を、蕾が膨らんでいたので、リビングに取り込みました。すると、蕾が開き始め、10時に満開になりました。目の前で、少しずつ花が開くのを初めて見ました。冬は寒さを防ぐため、大きな透明なビニールを被せました。今年は新しい土を加え、大きな鉢に移しかえました。夏場には枯れないように、水を適度に注ぎました。手を加えた花はいっそう美しく見えます。
 私の趣味は読書ですが、バラ栽培も趣味です。教会の庭にはいろいろな四季咲きのバラが咲いています。ラブ、ウィミー、ゴールデンハート、春芳、かがやき、カクテル、ダブルデライト、プリンセスドゥ モナコ。春芳、かがやき、カクテルは香りのよいバラです。特に教会正面の石垣に植えられたカクテルは咲き誇っている時、礼拝堂に入る前に良い香りを提供してくれます。
by maranatha | 2011-08-12 20:21

気になる記事

 広瀬隆の『象の背中で焚き火をすれば』(NHK出版)を読んで、気になる記事がありました。
 「天然ガスの貯蔵タンクも、破壊される事態になれば、冷却されてタンクにとじ込められていた液体が爆発的に気化しながら、一瞬で六百倍の体積にふくれあがり、地を這って広がりながら原爆のような破壊力を持つ。そのため、川崎と横浜のあいだにある東京電力の東扇島火力発電所では、巨大な貯蔵タンク群を地下に埋め、タンクが爆発炎上するような事態になれば噴水の壁で火焔を天に向かわせ、ガスが横に拡散しないような対策をとっている。」(P32)
 気になって、「天然ガス-wikipedia」「Photo Gallery『the埋葬』-清水建設」等を検索して見ました。また、3.11の「市原コスモ石油ガスタンク大爆発」もネットで見ました。広瀬氏の記事が最悪を想定した記事であっても、気になります。「想定外」が流行語大賞を受けそうな今年ですが、警告がされていたら、想定外扱いはできません。警告を無視したと言われます。
 なぜ、気になるか。アッセンブリー京都教会から徒歩15分圏内に大阪ガスのタンクが地上にあるからです。万が一の時は、十分危険域内です。横浜のような対策が取られているようには見えません。タンクは地下でもなく、噴水の壁もありません。ガスの流れを止める防壁もありません。
 さらに気になるのは、タンクが京都市のど真ん中にあるからです。平安京の朱雀大路に面しています。今でいえば、五条七本松下るです。京都は第二次世界大戦で空襲をまぬがれました。もし、大地震が原因でタンクが爆発するようなことになれば、京都市内は壊滅的な被害を受けてしまいます。近くには、中央市場、京都市立病院、幾つもの小中学校があります。市民の安全と京都の歴史的重要性を守るために、地下に貯蔵タンクの設置を願うものです。
by maranatha | 2011-08-11 15:24

吉野作造

 吉野作造は大正デモクラシーのオピニオンリーダーです。仙台の旧制第二高時代に仙台バプテスト教会で洗礼を受け、東京帝国大学法科大学政治学科を卒業しています。彼は、教会活動中心の信仰生活ではなく、キリスト教倫理に基づく社会的活動を実践し、信仰中心の生涯ををおくりました。それは「手近の所より神様の気に入ることをしてゆく」に現われています。また、鼻に息あるものを恐れない人で、天皇主権の「立憲君主制」の時代に、「民本主義(デモクラシー)」を主張しました。彼は困難な時代に信仰と信念を持って生きました。

 今日、国内でクリスチャンになる日本人より、外国でクリスチャンになる日本人が多い時代を迎えました。しかし、外国から日本に帰国して、教会に定着する人は少ないようです。帰国クリスチャンは、教会奉仕中心の教会形成に失望していくようです。欧米の個人主義に対して、集団主義の影響が明治からの教会形成に現われていると言えるでしょう。現代のクリスチャンは、個の信仰確立がなく、教会の空気に流されています。

 大正デモクラシーは、統師権の独立により軍部が独走し、やがて終焉します。天皇を神に頂く全体主義国家、それはカルト化教会の牧師を神の代理をして、権威主義の教会形成に近似しています。早く暴走を止めなければ、反対する人が精神的虐待を受ける時がきます。全体主義は、天皇神格化のもとに、人権が奪われていきました。カルトでも同様に牧師の神格化の下に人権が奪われていきます。なぜ、人々はカルト化を止める事ができなっかたのでしょうか。個の信仰確立がなく、牧師や集団の信仰に依存して、教会生活を過ごしているからです。
by maranatha | 2011-08-11 15:18

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の危機 5

理事会の危機
 2009年4月5日、鳴尾キリスト福音教会は臨時総会において教団離脱を決議しました。緘口令が敷かれる中で、私がこれを知ったのは4月9日です。さっそく関係者に連絡し、教団理事長には下記の文書を送りました。理事会の怠慢がこの前代未聞の処分逃れの教団離脱を招いたとも言えます。鳴尾キリスト福音教会の教会員の約半数の信徒が総会決議無効訴訟を起こしましたが、一審で敗訴しました。引き続き、高裁で係争中です。今秋の10月20日判決がくだります。
 このようなことをブログで書く理由は、教団離脱が法律的に成立しても、信仰的良心と道徳的には完全に誤りである場合があることを知っていただきたいからです。また、異端や牧師による「教会乗っ取り」や教団離脱の問合せが最近続いているので、予防のための情報提供です。
 以下の記事から山田晃美師がシュタイナーを容認し続けてきたことが読者に理解できると思います。
 
教団理事長
内村撒母耳殿
                                   2009年4月11日
                                    代理人 村上密

 主の御名を賛美します。
 先週4月5日の日曜日、鳴尾キリスト福音教会において臨時総会が開かれました。その臨時総会において、鳴尾が教団を離脱する事が決議された模様です。表向きは墓地移転の為に臨時総会が招集され、実際は教団離脱が目的だったとの事です。しかもこの事を、教団離脱の手続きが完了する迄は他に絶対に口外しないよう、臨時総会に参加した鳴尾の役員・信徒全員に緘口令が敷かれているとの事です。3月31日の夜、山田晃美師(以下、山田師)から理事会宛に、辞任の意向を記したメールが送信されたと伺っていますが、山田博師はその5日後に教団離脱の為、臨時総会を開いた事になります。私は2日前の4月9日の時点でこの鳴尾の臨時総会の件を初めて知り、急遽内村先生に連絡し、事実確認を要請致しました。昨日夜、他からも情報が入りました。一昨日聞いたものと同様でしたが、更に詳しい内容でした。それによれば、今回の臨時総会で鳴尾の信徒に対し教団離脱の理由が以下のように説明されたとの事です。

 山田師は、○○赴任時代(1997年11月から2000年3月)から理事会にいじめられてきた。更に、ここ数年も、理事会から相当いじめられ、村上師と○○師からもいじめられてきた。このような状態で今日まできた為、これ以上教団にいる事は耐えられない。

 上記のような内容が臨時総会で信徒に伝えられ、信徒は山田師に同情し、全会一致で教団離脱が決議されたとの事です。上記の説明は虚偽も甚だしく、これまでの正確な経緯が全く伝えられていません。これでは、山田師は理事会からの不当な「いじめ」を長年一方的に受け続けてきた「気の毒な被害者」という事になってしまいます。また、教団を離脱すれば教団負担金も納めなくて済むといった意見もあったと聞いています。更に、鳴尾の信徒がネット上でシュタイナーについて調べ「これ(シュタイナー)のどこが異端なんだ?」との結論に至った事も信徒間に伝わっているとの事です。この鳴尾の信徒の意見を鳴尾の担任教師である山田師は知っている筈です。この見解は、これまでの理事会見解に全く反したものですが、山田師が2007年9月12日付けで監事宛に提出した弁明書の内容と一致しています。山田師がこの信徒の誤まった見解を正してこなかった事自体、山田師が今現在も尚、シュタイナーの異端問題に関し、悔い改めず容認している事を示しています。これは、山田師が監事宛に弁明書を提出した2年前の時点で既に明らかになっていた事であり、理事会としても認識していた筈です。
 山田師自身以下のように記しています。(上記の「弁明書」の中の問題箇所を以下そのまま引用)

<2007年9月12日付弁明書(山田晃美師が監事宛に提出)>
・7頁14行目以降:「アッセンブリー教団だけがキリスト教会ではありません。主流派教会では、シュタイナー教育のことをオカルトとかカルトなどとは言いませんし、キリスト教保育連名では、シュタイナー教育がルソーの教育思想やモンテッソリ-、ペスタロッチなどと並べて、その教育思想を評価しています。」
・8頁3行目以降:「もし仮に、T兄姉がアッセンブリー教団の信徒でないとすると、私(山田師)が集会に招かれてそこで聖書の話をしたとしても、牧会倫理上あまり問題はなかったでしょう。また、シュタイナー教育に対する理解も他教団では違っていますから、他教団の信徒に対して、「シュタイナー信奉者」というレッテルを貼るのは、キリスト教会全体から見ると、やや一方的な発言ではないかと思います。」
・8頁12行目以降:「アッセンブリー教団では、シュタイナー教育が認められないことは、もちろん理解していました」
・8頁17行目以降:「私(山田師)としては、健全な神学が健全な教会を建てあげると信じて、教理を重んじる伝道牧会を心がけてきました。そして、教団人として、アッセンブリー教団の理解に立ち、『基本的真理に関する宣言』に従って、それを尊重してきたつもりです。これからも、この教団に献身する限り、その姿勢は変わりません。」

 上記の内容は矛盾に満ちています。また、牧会倫理の面においてもなんら反省が見られません。山田師の主張によれば、シュタイナー幼稚園の経営者がアッセンブリー教団の信徒でなくなりさえすれば、山田師が○○の前任者の立場でありながら、鳴尾から○○に片道3時間もかけて通い、理事会通告を無視して○○の信徒宅で家庭集会を8ヶ月間継続しても、牧会倫理上問題はなかったということになります。この弁明書は、山田師が2通目の謝罪文(2007年2月21日)提出から約7ヶ月後に書かれたものであり、それまでの謝罪文に反する内容です。

 ご存知のように、今年1月6日付けで、三者協議合意確認文書が双方で同意し署名した上で取り交わされました。合意確認文書中「丙(山田)が乙(○○)の満足の行く謝罪をしない場合には、理事会が既に明らかにしているシュタイナー問題の誤りと牧会倫理違反を丙に指摘した上で処罰としての措置をするということによって丙の謝罪に代わることを確認している。」と明記されています。更に「丙(山田師)の牧会倫理違反は明らかであり、シュタイナー問題については理事会もその誤りを認めているので、訓戒に基づいた転任命令が必要」と記されています。これらの事は、昨年11月20日行われた三者協議において既に具体的に話し合われていた内容であり、それが今年1月6日に改めて確認され文書化されました。合意成立から4ヶ月以上が経過していますが、現時点でも尚、山田師からの「謝罪文」と「償い金」が送付されてきていません。これまでの経過報告も一切ありません。

 そのような状況の中、鳴尾教団離脱の件を知り言葉を失っています。山田師は「教団人としてアッセンブリー教団の理解に立ち」教団に「献身」すると記しています。ところが、その弁明書の同じページ上に、アッセンブリー教団がシュタイナーを認めないことは「もちろん理解」していると記していながら、シュタイナーを認めない見解は「キリスト教界全体」の視点からは「一方的」なものとみなしています。更に、アッセンブリー教団だけがキリスト教会ではないと主張し、他の「主流派」の教団はシュタイナーを評価していると明記しています。今回の山田師の行動は、山田師自らが記した「教団への献身」と完全に矛盾しています。本来、一連の件は鳴尾の教会とは無関係な山田師個人の問題です。それにもかかわらず、山田師は鳴尾の教会全体を巻き込み、先月3月31日に理事会に辞任メールを自ら送信するだけでなく、それから5日後の今月4月5日に臨時総会を開き、自らを正当化する情報だけを一方的に信徒に吹き込んでいます。しかも、理事会があたかも、山田師に対しこれまで長年に亘り理不尽な精神的虐待を行ってきたかのような誤解を信徒に与えて理事会を批判し、緘口令さえ敷いて、鳴尾の教会ごと教団を離脱する手続きを秘密裡に進めています。山田師が自ら弁明書に明記した教団人としての<教団への”変わることのない”「献身」>は一体どこにあるのでしょうか。これまでの一連の件に関する理事会対応の度重なる遅延は重大な問題を引き起こしました。一刻の猶予も許されない深刻な事態です。今、理事会の迅速な対応が真に求められています。

 昨年11月20日の合意成立後の経過報告をこれまで幾度もお願いしてきましたが、未だに手元に届いていません。早急に送付して下さるように改めてこの文書にて要望いたします。

by maranatha | 2011-08-11 15:16

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の危機 4

理事会の危機
 私から理事会宛への文書(2010年5月11日付け)を抜粋して、理事会が危機を迎えていることを明らかにしたいと思います。

 細井教団理事長は、鳴尾キリスト福音教会の主管者を兼務しておられますが、教会規則の以下の働きをしていません。
 第十条 主管者、この法人を代表し、その事務を総理する。
 第十一条 (十二)二、役員会は、主管者が招集する。・・・
 第二十四条 教会会議の議長は、主管者の職にあるものをもって充つ。
 第二十五条 教会会議は主管者が少なくとも毎年一回は召集するものとする。
 上記に加えて、細井主管者は役員会の議決事項に現在に至るまで一切関係していません。主管者でない山田師の独走を黙認しておられるのはどのような理由でしょうか。この独走を理由に山田師の教会教師の任を解くこともできるはずです。主管者を3月に変更されると思っていましたが、そのままです。

 教会の代表役員は教団の理事会の議決を経て、教団理事長の任命を受けたものです。これを鳴尾キリスト福音教会に当てはめると、理事会の義を経て細井眞師(教団理事長)が細井理事長の任命を受けた者となります。自分で自分を任命し、主管者の職を一切しない。そして、理事会は理事長が代表役員(主管者)の職を一切しないのに、何も問題としない。このような異常事態が続きました。その結果、鳴尾キリスト福音教会は教団離脱をしました。理事会の中で誰一人責任を取る人はいません。
 私は理事会の責任を追及してきましたが、私の方が問題であるかのような教団の空気はいったいなんなのでしょうか。だれかが言いました。組織の中で正義を振り回す者は組織から嫌われる。教団の中で正義が通らないのなら、塩気をなくした教団となります。理事会は監督責任を放棄しているとしか思えません。
by maranatha | 2011-08-05 15:32
宗教問題