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村上 密 Blog

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手をつなぐちいろばの会 小セミナー

テーマ:ヨブ記を学ぶ
「なぜ、神を信じているのに、苦しむのか」

講師:アッセンブリー京都教会牧師
    村上 密

日時:2014年11月22日(土曜日)
    午後1時半~3時 セミナー&質疑
    午後3時半~5時 セミナー&質疑
    午後5時   夕食を兼ねて交流会
場所:御殿山コミュニティーセンター



手をつなぐちいろばの会には、カルト化教会を脱会して、相談やリハビリ、被害者予防のために参加する人が多い。なぜ、こんなに苦しまなければならないのかと怒りを抱き苦しんでいる人やりどころのない思いのために人との関係を壊して孤独の中にいる人。同じような苦しみをしている人なら少しは自分のことを分かってもらえると思っている来る人。回復して、少しでも苦しんでいる人の役に立ちたいと思って来る人。疲れた翼を休めるために参加する人。手をつなぐちいろばの会は、このような人々が集まり、回復していく場となっている。今回は、小セミナーを開き、ヨブ記からじっくり学びの時を持つことにした。

by maranatha | 2014-10-30 21:37

宗教トラブル相談センター 

 宗教トラブル相談センターには、いろいろな相談が持ち込まれる。最近の相談者で、話を聞くなり、警察へ行きましょう、というケースがあった。その後、相談者の相手は逮捕になった。更に、被害回復のために弁護士を紹介した。相談者のためには、いろいろな支援が必要である。厄介なことには関わりたくない、と思っては、この働きはできない。むしろ、隣人愛の実践として取り組んでいる。宗教トラブル相談センターは営利活動ではない。教会とこの活動の理解者の支援によって成り立っている。

by maranatha | 2014-10-30 06:19

オカルトは科学ではない

 共同通信の最新ニュースで、幸福の科学が大学設置を申請したが、大学設置審が認めないことを報じている。理由は「『霊言』は科学的合理性を立証できない」としている。

参照

http://www.excite.co.jp/News/society_g/20141029/Kyodo_BR_MN2014102901001473.html


by maranatha | 2014-10-29 23:24

キリスト教伝道番組の倫理観

 「テレ朝が7人社内処分」を、京都新聞(10/29)の朝刊で読んだ。処分は、九州電力川内原発に関する事実誤認報道に対するものだ。放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は、この問題の審議入りを決めている。

 今、キリスト教のある伝道番組が、BPOに抵触し、番組から外されるかもしれない問題を扱っている。問題を指摘しても誠実な対応がないので、放送会社に再度問題提議を考えている。と言うのは、放送会社は、すでに指摘されたことに、新たな指摘があれば、番組から外すことも考えている旨を、すでにキリスト教伝道番組の現地の指導者たちに伝えているからである。私と関係者は最近この事ことをある人から知った。まず、現地指導者へ文書を送り、対応を迫ったが、責任ある対応を回避している。期限を切って、誠意ある対応を求めているが、事の深刻さに気付いていない。上記の記事を掲載したのは、世の中の基準の方がまだ機能していることを言いたいからだ。キリスト教界はいつから村社会になったのだろうか。民主的な取り組みを避けて、内輪の論理でかたずける傾向にある。その内輪の論理が聖書的であればいいのだが、「聖書的」と思い込んでいるのだけである。

by maranatha | 2014-10-29 22:05

死蝋(しろう)

 ある人との会話の中で、死体が腐敗しないのは奇蹟だろうか、と聞かれたので、インターネットで調べてみた。死体が原形を留める状態を「死蝋」と言う。奇跡と思われがちだが、人工的な保存処理の場合と自然現象の場合があることが分かった。ロザリア・ロンバルドは世界一美しい永久死体と言われている。聖ベルナデッタも保存状態が良い。「死蝋」という言葉は、初めて聞く言葉で、乾燥したミイラではなく、蝋化している状態だ。福沢諭吉の亡骸が腐敗をまぬがれ死蝋で発掘されたことも知った。

by maranatha | 2014-10-24 11:43

10月携挙説

 10月に携挙があると主張している人は、10月に携挙がないまま過ぎて、何というだろうか。延期説をでっちあげるのだろうか。反省の弁を述べるのだろうか。10月携挙説を信じた人は、間違ったことを信じた自分とどのように折り合いをつけるのだろうか。10月携挙説を言った人が悪いのか。それとも、信じた自分が悪いのか。携挙の問題は、今まで何度も起きてきたことで、ことさら新しい問題ではない。何年何月何日と語られる段階で、普通はおかしいと思わなければならないのに、つい信じてしまうところに、信じる側の問題、すなわち聖書に対する理解不足がある。語る側の責任を追及してこなかったので、語る側が責任を取ったという話は聞こえてこない。無責任体質が双方にある。聖書に対する恣意的な解釈が間違いを広める原因である。

by maranatha | 2014-10-22 17:05

カトリックの動向

 フランシスコ法王は、先に暫定報告書で同性愛と離婚に対する寛容を訴えた。しかし、「世界代表司教会議」の最終報告書ではこの表現は削除され、従来の立場を維持することになった。
 
同性愛への寛容見送り=中間報告修正、従来の立場維持-バチカン
【バチカン市AFP=時事】キリスト教カトリックの総本山、バチカン(ローマ法王庁)で開催された世界代表司教会議は18日、同性愛や離婚に対して寛容な姿勢を示した中間報告を修正し、これらを認めない従来の立場を維持する最終報告をまとめた。
 非公開で行われた司教らの最終投票では、同性愛などに寛容な姿勢を示した部分が、必要な3分の2の賛成を得られなかった。バチカン報道官は、保守派の懸念を考慮し「再度バランスが取られた最終報告」が承認されたと語った。(2014/10/19-20:58)(時事ドットコム)

by maranatha | 2014-10-20 10:28

ヨハン教会の光と陰

 ヨハン教会は「、最も日本宣教に成功した教会」と言われる一方で、「カルト化教会」とも言われてきた。内幕を語る人が少ないため、教会の内情が広く伝わらなかったきらいがある。ヨハン教会では筍長以上の夫婦の子どもの名前は、牧師か副牧師夫妻に決めてもらわなければならない。夫婦は10個程候補を考えて、その中から選んでもらう。全て却下されることもある。名付け親は韓国人宣教師なので、日本語では付けないような漢字だったり、語呂が悪かったりする。そのような名前をもらって、表面では感謝しながら、内心は嫌だと嘆いている夫婦もいる。納得出来なくて、自分達の付けたい名前を付けた夫婦は、強く叱られ、ずっと嫌味を言われる。ヨハン教会では命名権が奪われている。。ヨハン教会では、韓国式のしつけが推奨される。子どもは、一歳からドラムスティックやハンガー、靴べらで何度も激しく叩かれる。これは幼児虐待と見做される。それが出来ないと、ダメな親とみなされる。日曜の夜は、21時過ぎまで、リーダーの子ども達は放置される。子どもたちは、ゴミだらけの地下食堂で、遊んでいる。当然、月曜日は、子どもたちはみんな寝不足で、保育園でぐったりしている。平日、父親は仕事、母親は毎日婦人会の働きがあり、土日は両親共、一日中教会で、祝日もない生活を送る人もいる。全ての祝日に、聖書勉強会か、団体で出掛けるイベントが組まれているからだ。日本宣教と言う美名の下に、信者やリーダーたちは虐げられてきた。ヨハン教会の宣教の成果だけを見て、その実績を称賛してきた牧師たちが、この事実を知ってどう判断するだろうか。見たいものを見、見たくないことから目をそらしてきたのではないか。特に、ヨハン教会の成立前から深く関わってきた淀橋教会の峯野龍弘牧師には責任があるのではないか。また、日本福音同盟は加盟しているヨハン教会を退会させることができる立場にある。ヨハン教会の加盟継続がふさわしいかどうかを検討していただきたい。今後もヨハン教会が加盟を継続するなら、日本福音同盟の見識が疑われることになる。

日本福音同盟規約

第6条(加盟及び退会)

新しく加盟を希望する教会・教団・教派団体等は、本同盟の理事会に加盟の申し込みをし、理事会は必要な審査に基づき加盟の可否を決定する。会員が本同盟からの退会を希望する場合、理事会に退会届けを提出し、理事会は審議の上これを承認する。
また、会員が本同盟の信仰基準及び他の規約に違反して改めない場合、理事会は必要な調査と決議を経て、当該会員を退会させることができる。いずれの場合も総会に報告されなければならない。協力会員、及び賛助会員の加盟・退会もこれに準ずる。


by maranatha | 2014-10-20 10:27

カルト化教会脱会後遺症 サバイバーズ・ギルト

 カルト化教会から私だけが脱会した。残った人たちがかわいそうだ。私が誘った人がまだ信じて残っている。どうしたら良いだろうか。これはカルト化教会脱会者のサバイバーズ・ギルトである。私だけ、私たちだけ脱会したと罪悪感を持ち続け、無力感と絶望感に陥っている。一人で戦い続けないで、理解してくれる人との対話が必要である。また、「サバイバーズ・ギルト」について調べ、自分が陥っている状態を知ることである。症状を知れば対応ができる。余分な心配をしなくてよいだけ、回復が早くなる。

by maranatha | 2014-10-13 20:14

五役者の回復の誤り

 使徒は、12使徒の他、マッテヤ、パウロ、バルナバ、ヤコブ(使徒と書いてないがないが使徒並み)、テモテ、シルワノ、アンドロニコ、ユニアスの20名である。預言者は、新約聖書中、アガポ、ユダ、シラス、ピリポの4人の娘で7名である。伝道者は、ピリポ、テモテで2名である。テモテは使徒でもある。牧師または教師では、牧師は聖書中1回のみである。だれが牧師か分からない。「牧師または教師」は「または」と接続詞で結び付けられ、一つの定冠詞の下にあるので、一つの職制の2つの側面と言えよう。パウロが「私は、この福音のために、宣教者、使徒、また教師として任命された」(2テモテ1:11)、更にパウロは「私は宣伝者また使徒として任じられ・・・信仰と真理を異邦人に教える教師とされました。」(1テモテ2:7)と言っている。パウロが教師だが牧師だろうか。パウロの職制は一つだけではない。この他に、みことばに仕える職務で長老と監督があるが、パウロがエペソの長老たちを呼んで、「聖霊は・・あなたがたを群れの監督にお立てになった」(使徒20:28)と言っているので同じ働きである。使徒ペテロは「あなたがたのうちの長老たちに、同じ長老のひとり」(1ペテロ5:1)と言っている。彼は使徒であり、長老である。長老であるが監督とは言い難い。使徒亡き後、エウセビオスによると、監督は重要な職制になっている。AはBである。BはAである場合と必ずしもAではない場合がある。このようなことを十分考察するならば、レストレーション運動の牧師たちが単純に「五役者の回復」と言っていることは、タブロイド思考(*)である。五役者の回復を預言している箇所は聖書にはない。願望と預言を混同してはならない。

ja.wikipedia.org/wiki/タブロイド思考

by maranatha | 2014-10-13 19:45 | レストレーション
宗教問題