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村上 密 Blog

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カイロスの会セミナーの案内

 8月22日、沖縄船員会館でカイロスの会のセミナーが開催される。テーマは「霊の戦い 教理と実践の誤り」である。神社仏閣油事件は霊の戦いが背景にあることが報道されている。神学なき実践に走る傾向が顕著になり、心の病に罹る人も増えてきた。そこで、講師として、この教理の誤りを指摘し、心の平安を取り戻す機会を参加者に提供したい。

詳しくは
http://kairos850.ti-da.net/
by maranatha | 2015-06-27 07:55 | カイロス

熱心と犯罪は紙一重

 カルト化教会を脱会した人は、今回の神社仏閣油事件をどのように見ているのだろうか。参考になるメールが届いたので、本人の承諾を得て掲載することにした。信仰熱心が奨励され、非常識が信仰的と思い込み、犯罪に至る教会の在り方が今問われている。

 今回の油まき事件、カルト化教会にいた人にはなんとなく理解できるのではないでしょうか?カルト化教会では常に「信仰の武勇伝作り」が行われているからです。キリストのためにいかに常識外れた行動を取れるかが、信仰のバロメーターになっている気がします。例えば、どれだけ体調不良であっても集会を死守すること。病気はサタンの攻撃なので、病気で集会を休むことはサタンに負けたことになるからです。インフルエンザで高熱でも礼拝に出る。また、産まれて間もない新生児を集会に連れてくる。献金し過ぎて公共料金を滞納してガスが止められても信仰の証です。教会の集会に出るために仕事を辞める、伝道会に参加するために仮病を使い仕事を休む、伝道、奉仕のやり過ぎで単位を落とし大学を留年する。世の中的には恥ずかしいようなことも教会の中では武勇伝です。一晩中寝ないで祈った自慢、土砂降りの雨の中で伝道した自慢、祈るときは大声で手を打ち鳴らしながら、自分の身体をドンドン打ち叩きながら、体を揺らしながら泣き叫びながら祈れば「熱心に祈っている」と言われ、少しでも弱味を見せれば「あの人は信仰が弱くなった。」と言われる。彼らは聖書を知らないのでしょうか?いや、彼らは一般的な教会の何倍もの時間を聖書通読、聖書勉強に費やしています。どうして、熱心に聖書通りにやろうとすればするほど、教会は歪んでしまうのでしょうか。
by maranatha | 2015-06-18 10:35

IMMの地方教会への浸透

 IMMが地方に如何に浸透しているかが伺えるメールをいただいた。危険を感じて、教会を離れることは最善である。変えようとしたら、サタン視され攻撃され、精神的にダメージを負うだけである。内部に留まって戦うときは、外部と共闘することが大切である。そして残る目的をしっかり持つことである。それは、証拠を保存することである。

 私は昨年3月まで福岡県A市にあります、Bと言う小さな単立教会にに在籍していました。牧師夫妻はとても愛にあふれた優しい先生で、私は心から尊敬してました。しかし、2013年、IMM 集会がC市で開催され、金山昌秀と付き合うようななって人柄が変わってこられました。教会の方針や雰囲気も変わりました。まず、新しく教会に来られた方々に、信徒が話しかける事が禁じられました。たとえば、小学生に「何年生」とか、野球好きな中学生に「どこのファン」と尋ねたら、くだらん事を聞くなと牧師から怒られました。C市は昔炭鉱で栄えました。牧師は金山と付き合うようになってから、D町は朝鮮半島から連行された人々が血を流し死んでいった町、この町には呪いの血が、アベルの血が叫んでいると言って、冬の寒い時にその炭鉱町を見下ろすような所に行かれては祈っておられました。又、C市は偶像の多い町と言って、大きな神社や賑わいをみせる祭り行事を毛嫌いする言動を繰り返しておられました。私にはこの牧師夫妻やIMM 関係者が事件に関与しているような気がしてなりません。二年前私がIMM の集会に参加した時、九州内のいくつかの教会から参加されました。何となく極端なペンテコステ派の方々ばかりでした。そして今年4月に神社で起きた石像損壊事件、きつねの首は切断され台座が倒されると言う悪質な事件で、福岡では寺社仏閣油撒き事件と関連あるのではないかとも噂されています。離せないなと思っています。私は教会を退会したのですが、その教会から離れて正直良かったと思っています。
by maranatha | 2015-06-17 14:46 | 油まき

なぜ 金山昌秀

 2015年4月4日以降、近畿地方の神社仏閣に油がまかれる事件が相次いで報道された。報道を聞いて、キリスト教の施設へ油がまかれていないことに疑問を持った。キリスト教にも重要な建造物はあるが、そこにはまかれていない。もしかすると、キリスト教の霊の戦いをする極端なグループがやっているかもしれないと思い、可能性のあるグループを思いめぐらした。キリスト者がこれまで神社仏閣に油をまいた事件は発生していない。最近外国から日本に宣教に来た極端なグループの可能性が高い、IMMではないかと思い、よく知っている人に問い合わせすると、油をまいているとの返事だった。話しだけでなく、証拠になるようなものはないかと聞くと、金山昌秀が油をまいたと言っている映像がある。インターネット上に流されているので確認してみるとの返事だった。映像は消されていたが、復旧された映像を入手できた。確認すると、確かに油をまいた場所を写真に撮り、金山が説明をしている。そこで、5月17日夜分ではあったが、博多署と京都下京署に通報した。21日には京都南署に映像とその他の資料を提供した。6月1日の朝日新聞の報道で、容疑者に逮捕状が出たことが発表され、私の元には報道関係者が殺到した。経過説明のために、6月1日、2日、3日とアッセンブリー京都教会で、更に5日、東京のお茶の水クリスチャンセンターで記者会見の時を持った。
 
 2005年、聖神中央教会事件が報道された。私はこの事件の被害相談を受けた立場である。その後、「キリスト教会のカルト化」の被害相談が相次ぐようになったため、2006年、キリスト教の「異端」・カルト問題の専門家たちと「カルト監視機構」の設立を検討したが、実現には至らなかった。そこで、同年にアッセンブリー京都教会内に「宗教トラブル相談センター」を設立した。宗教トラブルの相談を受けて、宗教団体の動向を伺い、刑事の場合は警察に、民事の場合は弁護士に相談するようにアドバイスしつつ、カウンセリングを行なってきた。2015年6月TVや新聞等で「宗教トラブル相談センター」がクローズアップされるきっかけは、10年間地道に宗教トラブルの被害相談に対応してきた積み重ねがあったからである。一教会内であらゆる宗教問題の相談を受け付けるというのは、教会の理解があって初めてできる働きである。これを私たちはキリスト者の社会的責任、社会的貢献と言っている。教会にとって福音宣教は使命である。そして、隣人愛を実践することもまた使命である。

 宗教トラブル相談センターは、被害の相談を受けながら、カルトやカルト化した教会の動向を注視し、警告を発してきた。私は4月に教会の代表役員、並びに主管者、主任牧師を後任に譲り、全体を総理する立場を退いた。それは、教会で牧師の役割を果しつつ、更に深刻化して行く宗教問題に時間を取るためでもある。宗教トラブル相談センターは、本来は各教団教派から資金も人材も出し合って取り組むものであると思うが、この分野には豊富な知識と経験が必要なことと、危険が伴う働きであるために、人材が不足している。今は、これを続けるしかない。喜ばしいことは、理解者と協力者が増えてきたことである。

案内
宗教トラブル相談センター 電話075-321-4320
電話相談は、まずメールで相談時間帯を問い合わせて頂きたい。
メールアドレス:*to.murakami@gmail.com *はkyo
郵便振替口座:七条キリスト教会 01050-1-51287(「宗トラ」と記入)
宗教トラブル相談センターは寄付で運営されている。カウンセリングは無料である。出張相談の場合は経費は自己負担で、困難な方は無料である。
by maranatha | 2015-06-14 14:15

沖縄からの警鐘

 沖縄から、霊の戦いについて、警鐘が鳴らされている。沖縄では、霊の戦いが教会に取り入れられ、被害や弊害が続出してきた。霊の戦いを実践してきた教会から脱会した兄姉の警鐘に耳を傾けて見よう。

沖縄キリスト福音センター(美浜教会)で何があったか?
http://blog.livedoor.jp/habakkuk/

クリスチャンスイトピーの日記
http://sweetpea6022.ti-da.net/
by maranatha | 2015-06-12 21:13

奇妙な儀式

 神社仏閣油事件についてブログを書いていると、油まきだけではなく、ぶどうジュースを注いだ、御言葉の杭を埋めたとか、聞いたこともない情報が寄せられた。どんな意味付けでそのようなことをするのかを情報提供者に聞いてみた。すると、以下のような応えが返ってきた。ブドウジュースを注ぐことは、イエスの血でその場所を清める象徴的な行為である。神社仏閣や多くの血が流された古戦場等へ行って地面にぶどうジュースを注ぐと言う。量は小さなペットボトルに持って行って少量注ぐ程度である。御言葉の杭とは、爪楊枝に御言葉を書いた紙を巻き付け、祈りの歩行の時に何本か持って行き、神社仏閣の地面に埋めたり、石や岩の間や隙間に埋める。一体これは聖書のどこから導き出された行為なのだろうか。他人の敷地に入り、勝手に清めの行為を行なうとは、神社はその敷地を聖域としている。その場所を一方的に穢れているとして、隠れて清める行為が、相手に対して侮辱的な行為であると分からないのだろうか。こうして書いている内に、夜中にいろいろなところへ行って祈り、割り箸で小さな祭壇を築き火をつけることをしたとの情報も入ってきた。これらの情報は、霊の戦いを実践している教会の信徒からである。一体どこまでこのような奇妙な儀式が教会に広がっているのだろうか。このようなことを実践している教会には猛省を促したい。器物損壊をしている場合は弁償すべきである。

*以下の記事と添付することにした。

 以前通っていた教会の話です。牧師が使徒と預言者と名乗りだし、霊的解放と言い、預言的行動と言い、ロナルド・サーカからの影響で、今回の問題になっている「油まき」や、四隅の祈りと言って、祭壇は石を4つ、その上にぶどう酒と油を注ぎ、割り箸を置いて、割り箸に火をつけ、祭壇を土の中に埋める。このようなことを夜中にあらゆる所に出掛けてしました。その時から拍車をかけるように、預言者の言葉は神のお告げと言い、わけのわからない霊的な行動と預言が始まり、聖書ではなく、牧師夫婦とくに夫人に逆らうことは神に背くことになり、悪魔扱いして「地獄に堕ちろ!」と罵倒します。自分が納得しなければ罵倒と御言葉を使い、恐怖でしばりつけます。私は疑問を持ち始めました。日曜日に仕事で礼拝を休むと堕落が始まり、仕事に集中すると金儲けに心を奪われていると言われます。。脅迫じみた「神のお告げ」で、私は仕事を2回辞めました。さらに怪我や病気で手術や入院をすると、夫人は「私たちに従わないから、神様があなたの命を奪おうとしている。悔い改めないなら、もう先はない。しかし、私達は命だけは奪わないように祈っていた。」と入院する度に脅されました。教会生活でも献金の額や、奉仕の量や夜遅くまである祈祷会に参加しないことで、更につるしあげられました。それだけではなく、礼拝での奉仕もとりあげられましたが、その時点では奉仕を取り上げられることは。私にどうでもいいことでした。何故なら、御言葉に従うことが大事であると気がついたからです。私も含めて夫人に逆らう人間は全て悪魔であり、役立たずな人間と教会内で言いまわります。しかも、嘘と情報操作で回りの人間にも敵対心を植え付けます。その情報操作は礼拝や祈祷会の時に、「神のお告げ」と預言で行われます。奉仕の時間も半端ではなく、水曜は祈祷会で夜中の零時まで、金曜日は徹夜祈祷会で夜中の1時ぐらい、土曜日は聖日の準備で夜中の零時まで。イベントという伝道は年に四回あり、過酷な準備で体力と金も巻き上げられます。教会の電気代に、牧師家族に対して、御中元と御歳暮の要求に誕生日には現金を集めさせて、誕生日祝いとして巻き上げるだけではなく、誰が幾ら金を出したかを記録させて、提出させます。牧師家族にどれだけ忠誠心を表しているかを見るそうです。それはイェス様の御心だからだそうです。まだまだ話はありますが、私はこれはキリスト教会ではないし、イェス様の御名前を汚していると、わかりました。
by maranatha | 2015-06-11 21:06

「金山昌秀 特集」

 私は、金山昌秀が神社仏閣に油をまいたと証言している、映像を入手してから、警察に情報提供した。それから、手元にある情報を基に「村上密ブログ」に記事を書き、神社仏閣への連続油まき事件がこれ以上起きないように、啓発に努めてきた。これらの一連の記事がこれからも役に立つことを願い、「金山昌秀 特集」と題して、読者の便宜を図るために、よく読まれている順に記録しておく。

1 金山昌秀 実体 http://maranatha.exblog.jp/23141413/
2 金山昌秀 神社仏閣で油をまく http://maranatha.exblog.jp/23211913/
3 神社仏閣油事件 http://maranatha.exblog.jp/23197246/
4 IMM(  )とは? http://maranatha.exblog.jp/22272390
5 「霊の戦い」は独善に陥る http://maranatha.exblog.jp/23176615
6 金山昌秀 嘘の発言 http://maranatha.exblog.jp/23208916/
7 IMMの危険性 http://maranatha.exblog.jp/23135242/
8 霊の戦い 神学なき実践 http://maranatha.exblog.jp/23232437/
9 油まき事件 その思想と背景 http://maranatha.exblog.jp/23241795/
10霊の戦いと破壊 http://maranatha.exblog.jp/23149335/

by maranatha | 2015-06-10 22:51

霊の戦い 神学なき実践


 神社仏閣油事件についての「村上密ブログ」を読んだ読者からメールがあった。自分の属する教会でどのようなことをしていたか、反省を込めた感想のメールを送ってくれた。このようなことをしている教会は他にもある。これは霊の戦いを実践するように教えるグループが、何をやっているか知ることのできる情報である。

Cさん
神社仏閣油事件を聞いた時、私達の教会でも同じような事をやって来ので、逸脱した一部の人のことと思えない心情でした。いろんな神社仏閣へ祈りの歩行に出掛けて行きました。ブドウジュースを注いで祈ったり、御言葉の杭という御言葉を書いた紙を埋めたりもしました。また、古戦場へ行って祈ることもしました。犯罪に繋がるような事を霊の戦いの為とどこか正当化していたり逸脱した考えをおかしいとは思わなかったのは何故かと考えましたが、「村上密ブログ」に書いておられましたが、教会の牧師が事ある毎に「神様がそう導いておられると受け取った」と言われる事の影響が大きかったと思います。霊の戦いだけでなく、何かの方向性や祈る課題を打ち出すときに、「神様からこう受け取ったので」と言われる事が多く、神様が語られたのならそこは間違いないだろうし、従わなければと盲信して行きました。そして私も神様の語りかけを聞きたいと、求めるようになって行きました。祈り会は勿論のこと、スモールグループで祈る時も、事ある毎に「何か神様から受け取った事はありませんか?」と聞かれてきたので、受け取れないとだめなのか、もっと受け取れるようにならなければ、と熱心になって行きました。神様から直接語ってもらいたい、神様の声を聞きたいという心情は分かりますし私もありますが、それはいま悪影響が出ている預言を求める姿勢と変わらないのではないでしょうか。

Aさん 
以前は牧師と一緒にたくさんとりなしに行きました。その時に、神社仏閣など偶像礼拝をするところにはサタンを滅ぼすための御言葉の剣である聖書の言葉を紙に書いて神社の境内に埋めたり、仏閣の柱と柱の間に入れたり、たくさんの人の血が流されたところは呪われているからということで、そこで聖餐式をしてぶどうジュースを注ぎかけてその土地を清めたりなどしました。今思うと、油まきと類似してることを私もしていたと恥ずかしくなります。でも、礼拝メッセージでまったく油まき事件に触れようとしない牧師はそのことに気づいていないようです。

Bさん
今回の油まき事件もそうですが、それ以前に、私の属する教会では、あるムーブメントの波にのりまくり、その中で「霊的戦い」の名のもと、よく牧師とともに夜、神社や仏閣などに祈りに行きました。その中で排他的な考えや先人が培ってきたことなどを悪と決めつける思考になってしまったことは今となっては苦しいです。きちんと見分けることができなかったことにより、時間や財産を浪費し、精神も消耗しました。今までの行動をくい改めるばかりです。先生のブログをことあるたびに拝見し、根底なき教えに振り回されることの怖さを感じています。これからは二元論的思考と行動を克服し、礼節ある生き方をしたいです。

by maranatha | 2015-06-10 21:34 | 霊の戦い

イエスはキリスト、救い主

 「ヨハネの福音書」が書かれた目的は次のように書いてある。「この書には書かれていないが、まだほかの多くのしるしをも、イエスは弟子たちの前で行われた。しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスのみ御名によっていのちを得るためである。」(20:30、31)
 ヨハネはイエスが水をぶどう酒にされたことを「イエスはこのことを最初のしるしとしてガリラヤのカナで行ない、ご自身の栄光を現された」(1:11)と書いている。王室の役人の息子の癒しは「第二のしるしとして行われた」(4:54)とある。そして、三十八年間もの間病気になっている人を癒されたこと<5:1~9>は第三のしるしとなる。しるしと栄光は同じである。栄光を現すとは何かと問われて、すぐに応えられる人は少ない。イエスは、第三のしるしのとき、「わたしの父は今に至るまで働いておられます。ですからわたしも働いているのです。このためユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうとするようになった。イエスが安息日を破っておられただけでなく、ご自身を神と等しくして、神をご自分の父と呼んでおられたからである。」(5:17、18)その後にイエスは父と子の同等性<5:19~29>について多くを語られた。このことから分かるように、栄光とはイエスが父から遣わされた神の子キリストであることを証言することである。「わたしが行っているわざそのものが、わたしについて、父がわたしを遣わしたことを証言しているのです。」(5:36)また、子が父から遣わされたと証言するのは、1、わたしの証言(5:31)、2、バプテスマの証言(5:32)、3、わざの証言(5:36)、4、父の証言(5:37)、5、聖書(旧約)の証言(5:39)、6、ヨハネの証言(20:31)、7、弟子の証言(マタイ、マルコ、ルカ、その他の新約聖書)である。私たちが手にしている66巻の聖書は、イエスが神の子キリストであることを証言するものである。

by maranatha | 2015-06-09 22:58

油まき事件 その思想的背景

 金山昌秀が神社仏閣に油をまいていると語っている映像を見た時、私は警察に通報することにした。犯罪だからである。この映像は随分長い間ネット上にあった。金山が語っている時、それを聞いていたのはクリスチャンである。油まきを聞いて、とがめる人がいなかった。むしろ賛同している。このようなクリスチャンがなぜ育ったのか。
 一つは、神から言われた、聖霊から示されたと言って行動に移る人人が出て来た。本来は、聖書の教えに適っているか、吟味してから行動するのだが、集団の中では、立場がある人が語ると、多くの人は否定できない。このような人は、神から示されたと言って、自分の行動を正当化する思考の癖を持っている。非難する人に対して、神に逆らう人、迫害する人、悪魔に従う人と単純にレッテルを貼る。内部の人に対しては、不信仰となじる。集団の中でなじられないように人は矯正される。そうして、同じ考え同じ行動をする人が育てられる。
 二つは、見えるものではなく、見えない霊との戦いを強調するグループの台頭である。霊との戦いは間違いではない。聖書に書いてあるからだ。しかし、霊との戦いを強調するグループは、これを強調するあまり、聖書を深く学び、生活に根差した敬虔な生き方から離れて行った。自分たちと意見の異なる者はクリスチャンでさえ、悪魔や悪霊に憑いているとして、攻撃的な祈りをするようになって行った。戦闘的な思考が植え付けられ、行動が優先され、熱心が集団の中で要求される。集団は過激に走る。超えてはならない線を超える時、常識にとらわれない、神の声に従う神の兵士が誕生する。霊の戦いには、兵士が必要である。二元論に基づいた兵士が育てられる時、敵地と見做される器物は破壊の対象となるのは必然である。
 三つ、償いを教えないで、赦しなさいだけを教えるキリスト教会が増えたことで、法意識が欠如してきた。このような教会の中では、被害者は救われない。加害者がいつも擁護されるからである。人に対して損害を与えても、謝れば、赦してあげなさいと教える。赦さないと、なぜ赦さないかと責められる。当然、償いが伴う謝罪が必要な状況で、それがなければ、被害者は納得できない。償いが不必要な偏った社会(信仰集団)が出来上がると、人の物を壊しても、償う必要がない考え方をもっているので、法意識そのものが嫌悪され、さげすまれる。赦しなさいに法意識が反していると見做し、見下すからである。聖書は、悔い改めた人を赦すように勧め、謝罪には償いが伴うように勧めている。悔い改めているかどうかは償いが伴う謝罪の言葉があるかどうかで、本当か見せかけかを見分けることができる。
 以上、三つを記した。他にもあるが、直接啓示、二元論、嫌法(造語)が油まき事件の主な思想的背景である。クリスチャンは、聖書啓示に基づいた敬虔な生活、神の主権、償いの伴う謝罪を見直す必要がある。

by maranatha | 2015-06-09 08:45 | 油まき
宗教問題