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村上 密 Blog

<   2015年 07月 ( 10 )   > この月の画像一覧

偽使徒来日

 興味深い偽使徒来日の記事を読んだ。偽使徒デイビット・テイラーは、人の金銭欲を刺激し、預言の確実さを宣伝している。惑わされないように!羊飼いを装った、ほら吹きにすぎない人物である。そのことは私が改めて書く必要がない程に「ダビデの日記」の著者が、聖書からしっかり、出鱈目ぶりを証明している。
 D.テイラーは後の雨運動の流れに属する人物である。なぜ、断定できるのか?彼らは、使徒、預言者を自称する。また、彼らは、神からの預言ではなく、自分のインスピレーションを預言と混同して語る。彼らは外れた預言の責任を取らない。しばしば、出来事が起きてから、預言していたと、出来事に上書きをする。預言していたと言うが、いつ、どこで、語っていたかを言わない。預言していたと言うだけである。
 招聘する教会や牧師は、D.テイラーをほんものかにせものかを見分けることができない。ほんものを思い込んだいるからである。聖書には警告がある。「人々が健全な教えに耳を貸そうとせず、自分につごうの良いことを言ってもらうために、気ままな願いをもって、次々に教師たちを自分たちのために寄せ集め、真理から耳をそむけ、空想話にそれて行くような時代になるからです。」(2テモテ4:3、4)彼の天国の話は空想話である。
http://blogs.yahoo.co.jp/psalm8934/32220465.html

フェイス&ビクトリー国際教会
https://ja-jp.facebook.com/facevictory
集会案内
. 2015年8月13日~15日 中野ZEROホールにて メインスピーカーにデビット・テイラー氏を向えて集会

by maranatha | 2015-07-28 21:23 | 新使徒運動

淀橋教会と東京リビングストーン教会

 淀橋教会は、グループ教会として、東京リビングストーン教会を掲載している。淀橋教会は、なぜ、ヨハン教会を辞任した金圭東が実質的指導者である東京リビングストーン教会をグループ教会にして置くのだろうか。クリスチャントゥデイの会長は、淀橋教会の主管者峯野龍弘牧師である。このクリスチャントゥデイ紙上に下記の記事が掲載された。その中に、東京リビングストーン教会牧師、小倉隆志氏のコメントが掲載されている。三名の牧師のコメントの中でが一番長い扱いである。これは身贔屓と取られかねない。メディアに登場する教会は、一般から問題教会とは思われない傾向にある。東京リビングストーン教会の成立事情をよく知るクリスチャントゥデイが好意的に取り上げているのが解せない。東京リビングストーン教会はけして誉められた教会ではない。

http://www.christiantoday.co.jp/articles/16380/20150713/city-to-city-asia-intensive-2015.htm

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ヨハン教会の金圭東 退職金を手に

http://maranatha.exblog.jp/22469741/

金圭東 最近の動向

http://maranatha.exblog.jp/22576350/

金圭東の謝罪

http://maranatha.exblog.jp/22351866/

by maranatha | 2015-07-27 22:43 | ヨハン

世論操作

 政府がわざわざこの時期に以下のことを公表するのは、安保法案審議に関する世論の支持低迷を打開するための世論操作と思われる。ニュースをこれから気を付けて見ていれば、もっと、危機感を煽る情報が出てくるはずである。情報を持っている側は、自分たちの都合のよいものを、自分たちの都合の良い時に公表できる。そして、都合の悪いことは削ることもできる。情報の受け手である側は、懐疑的に情報を読んで行かなければならない。

7月22日、政府は東シナ海に中国がガス田開発を新たに進めていることを発表した。http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/higashi_shina/tachiba.html

更に23日、テロ対策に関する初の世論調査の結果を発表した。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20150723-OYT1T50092.html

by maranatha | 2015-07-24 00:00 | 心理

よみがえり

 ヨハネの福音書で最も有名な聖書箇所は3章16節である。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」イエスご自身は神のみこころについて次のように語っておられる。「わたしを遣わした方のみこころは、わたしに与えてくださったすべての者を、わたしがひとりも失うことなく、ひとりひとりを終わりの日によみがえらせることです。」(6:39)主語は「わたしを遣わした方のみこころは」、述語は「よみがえらせることです」、誰を「わたしに与えてくださったすべての者を」、どのように「わたしがひとりも失うことなく」である。さて、御子は父なる神のみこころに基づいて三度「よみがえらせます」(6:40、44、54)と語っておられる。「事実、わたしの父のみこころは、子を見て信じる者がみな永遠のいのちを持つことです。わたしはその人たちをひとりひとり終わりの日によみがえらせます。」(6:40)「わたしを遣わした父が引き寄せられないかぎり、だれもわたしのところに来ることはできません。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。」(6:44)「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。」(6:54)この6章の前にイエスはヨハネの5章においてよみがえりについて何度か語っておられる。「父が死人を生かし、いのちをお与えになるように、子もまた、与えたいと思う者にいのちを与えます。」(21)「このことに驚いてはなりません。墓の中にいる者がみな、子の声を聞いて出て来る時が来ます。」(28)「善を行なった者は、よみがえっていのちを受け、悪を行なった者は、よみがえってさばきを受けるのです。」(29)このように、ヨハネの福音書における「よみがえり」(復活)は、イエスの重要な福音であることが分かる。私たちはこのようにイエスがよみがえりについて語られていることを意識して読んだだろうか。通読では気づかない。何を伝えようとしているのだろうかと、何が繰り返されているだろうかと、問いかけるようにして聖書を読まなければ、大切な個所を見過ごしてしまう。もう一度、通読ではなく、精読して、イエスの大切な教えを心に留めよう。
by maranatha | 2015-07-22 00:37

しるしの目的

 6章の前半にはパンの奇蹟が書いてある。ヨハネがしるし(奇蹟)を書いている目的は「これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。」(20:31)パンの奇蹟によって人々はイエスを信じただろうか。「この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。」(ヨハネ1:11)信じて残った弟子はわずかであった。残ったペテロは「私たちは、あなたが神の聖者であることを信じ、また知っています。」(ヨハネ6:69)と告白している。イエスは、奇蹟のパンを食べた人々が「自分を王にするために、むりやりに連れて行こうとしているのを知って、ただひとり、また山に退かれた。」(ヨハネ6:15)。人々は退かれたイエスを捜した。イエスは「あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからです。」(6:26)と言われた。イエスを信じて従う者がいる一方で、自分たちの目的のためにイエスを担ぐとする者たちがいる。ずうずうしくも「私たちが見てあなたを信じるために、しるしとして何をしてくださいますか。どのようなことをなさいますか。」(6:30)奇蹟も見て、それをされたお方をキリスト(救い主)と信じる人と、さらに自分の欲望を満足させるためにイエスに要求する者がいる。今日、この欲望を満足するためにイエスを担ぎ上げている人々は繁栄の神学を信じている人々である。この人々は日々しるしを求める。満足することがない。しるしはイエスが神の子キリストであることを信じるためである。欲望を満足させるためではない。


by maranatha | 2015-07-13 23:06

イエスの来臨の目的

 イエスは「人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」(マルコ10:45)と来臨の目的を語っておられる。もう一つは「わたしが天から下ってきたのは、自分のこころを行なうためではなく、わたしを遣わした方のみこころを行なうためです。わたしを遣わした方のみこころは、わたしに与えてくださったすべての者を、わたしがひとりも失うことなく、ひとりひとりを終わりの日によみがえらせることです。」(ヨハネ6:38、39)と語っておられる。イエスの初臨が十字架の赦しを、イエスの再臨が信じる者のよみがえらせること(復活)であることを明らかにしている。「キリストも、多くの人の罪を負うために一度、ご自身をささげられましたが、二度目は、罪を負うためではなく、彼を待ち望んでいる人々の救いのために来られるのです。」(へブル9:28)と共通している。ここの「救い」は「よみがえり」である。よみがえりは救いの完成である。イエスの力強い約束を聞いてみよう。「子を見て信じる者がみな永遠のいのちを持つことです。わたしはその人たちをひとりひとり終わりの日によみがえらせます。」(6:40)「わたしを遣わした父が引き寄せられないかぎり、だれもわたしのところに来ることはできません。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。」(6:44)「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。」(6:54)6章の中に三度も「よみがえらせます」がある。

by maranatha | 2015-07-13 23:04

四隅の祈り

 四隅の祈りを実践する教会に所属していた元教会員によると、四隅の祈りは、ロナルド・サーカのCIネットワークに加盟しょうとする教会に勧められる儀式だそうだ。「四隅の祈り」を検索すると、本郷台キリスト教会の池田博牧師がヒットする。池田牧師の四隅の祈りは、礼拝堂の中の四隅で祈り、悪霊の働きを封じることである。これはロナルド・サーカの教えと共通するが、ネット上では関係性が分からない。

 主の十字架クリスチャンセンター・東フィラデルフィア教会のホームページを開いて見ると、四隅の祈りの範囲が広がっている。下記に四隅の祈りの箇所を引用した。

2014/12/08 “今週の教会週報から 日本最南端で祈り(12月17日)”
日本の東西南北の四隅で祈ります。今回、教会が示されて、日本の南の隅、最南端の波照間(はてるま)島に行きます。(写真左)写真右は、波照間島にある、日本最南端の石碑。聖書には四隅ということばは、祭壇の四隅や地の四隅、国の四隅などとあります。神様が働かれる範囲の重要な部分と考えられます。日本での神様の働きが進むために、主が導いて下さるこの働きが守られて、御心を行えるように祈りましょう。

2015/03/09 “今週の教会週報から 波照間島で霊の戦い”
聖書では四隅という言葉が出てきますが、神さまがその地域で働かれる時に、その地域の四隅は特別な意味があると思われます。教会では、日本のリバイバルの働きのために、四隅での霊の戦い(礼拝)を神さまより語られて実行してきました。最後に残された最南端、沖縄の波照間(はてるま)島でも、今回20名が参加して行うことができました。(写真左)前回、波照間島へ行こうとした時、欠航して行けなかった船(写真右)も、今回は予定通り運行されて守られました。年度の御言葉にある、主の働きが進みます。

 「四隅の祈り」は新語である。定義がしっかりしていないと言葉が独り歩きして、いろいろな意味や行為が次第に増えていくことになる。パウロは終わりの日には「真理から耳をそむけ、空想話にそれて行くような時代になるからです。」(2テモテ4:4)と言っている。教会でカタカナ用語や新語が使われる時、十分理解しないで、使用することは気をつけなければならない。教会堂の四隅で祈らなければ、悪霊や悪魔にやられる教会は主の教会ではない。

奇妙な儀式
http://maranatha.exblog.jp/23258765
by maranatha | 2015-07-11 00:00

白い家フェローシップチャーチのホームページ

 白い家フェローシップチャーチのホームページを開いて見た。カフェの案内がある。これは飲食業なので、規則上、収益事業となる。教会規則に収益事業が条項としてなければ、これを行なうことはできない。もし、収益事業届をしていれば、教会総会の収支報告で経営状況が分かる。また、閲覧して気になったのは「私たちの教会は、真理である聖書を土台として伝道しているプロテスタントのキリスト教会です。エホバの証人「ものみの塔」、統一教会、モルモン教、カルト集団とは一切関係ありません。」と案内がある。「カルト集団とは一切関係がありません。」プロテスタントの教会であるならば、それは当たり前のことである。わざわざ書かなければならないほど、疑われているのだろうか。ホームページを閲覧すると、6月17日に「リバイバルミッション沖縄」の集会が開かれた。講師は滝本明師である。今問題になっている「霊の戦い」の最も先鋭的な教会の元主任牧師である。白い家は、霊の戦い、繁栄の神学、後の雨運動、教会成長等なんでもムーブメントを取り入れて来た。神学的な学びと研鑽が十分とは言えない伊藤嘉子牧師の下で、いったい白い家はどこへ向かっているのか。ここまで見栄えを良くした教会堂はなかなかお目にかかれない。だが、教会は外観ではなく、中身(教え)である。今、白い家はそれが問われている。以前、驚くばかりの成功哲学を取り入れた説教のシリーズを見かけた。集まる人は聖書の教えに引かれて集まるのか。成功や祝福に興味を覚えて集まるのか。牧師だけではなく、信徒も何を目的として集まるのかが今後とも問われる。
by maranatha | 2015-07-08 21:47 | 白い家フェローシップチャーチ

異端的祈祷文

 M牧師夫人の祈祷文を入手した。Kチャーチの礼拝や祈祷会で、この祈禱文朗読が強制されている。Kチャーチのホームページには「私たちは正統なプロテスタントの教会です」と案内がある。本当だろうか。ウィリアム・ウッド師の『教会がカルト化するとき』でカルトチェックした人によると、何と9割以上ヒットしたそうである。牧師の紹介に国際使徒学校卒業、ワグナー・リーダーシップ・インスティチュート日本校卒業とある。これで霊の戦いを学んだことが分かる。一時、牧師は「使徒」夫人は「預言者」と称したようだが、非難されて、今は取り下げている。さて、その異端的祈祷文を、下記に添付する。

祈祷文
キリストにあって、私はサタンを征服した。
私はサタンの権威を、サタンから引きはがした。
そして、イエス様が死からよみがえられたとき、
私はイエス様と共によみがえりました。
私よりも勝って、イエスの御名を用いる権利を持っている人はいません。
私は天のお父様の能力を持っています。
なぜなら、私は天のお父様の性質を持っているからです。
私は私のうちにイエス様を死人の中からよみがえらせた、
同じ、偉大にして大能、素晴らしい聖霊様を持っています。
私は天のお父様の能力を持っています。
なぜなら、私は天のお父様の性質を持っているからです。
私は私のうちにイエス様を死人の中からよみがえらせた、
同じ、偉大にして大能、素晴らしい聖霊様を持っています。
イエス・キリストの御名の権威によって、超自然的な使徒的・預言者・按手の霊、イエス・キリストを知る超自然的な知識の言葉の霊、知恵の言葉の霊、啓示の霊の祝福の回復を宣言します。イエス・キリストの御名の権威によって、私・私の家族・教会・主にある兄弟姉妹の心の傷や信仰の武具に穴が開いていたり、ひびがいっていたり、弱くなっている所がありましたら、イエス様の血潮で覆われ、暗闇の司令官、サタン、もろもろの悪霊どもにはその部分がいっさい見れず、悟れないように、暗闇の司令官、サタン、もろもろの悪霊どもを盲目にすることを宣言する。

 私を神とキリストと同一視して、神格化している。異常なほどの一人称である。この祈禱文の中にはピーター・ワグナーの影響が強く見られる。「イエス・キリストの御名の権威によって、超自然的な使徒的・預言者・按手の霊、イエス・キリストを知る超自然的な知識の言葉の霊、知恵の言葉の霊、啓示の霊の祝福の回復」がそれである。礼拝と祈祷会で、毎回毎回一斉に牧師夫人お手製の祈祷文、いや「宣言文」が一時間朗読されているのを想像すると、その異常さが分かる。
by maranatha | 2015-07-03 14:37

ある牧師たちの霊の戦い

 霊の戦いは、いろいろなグループが実践している。下記に取り上げるのは、Tトレーニングに関わる牧師たちの会話と実践を見聞きした人の証言である。霊の戦いが破壊的であることがよく分かる。神社仏閣油事件は氷山の一角である。今、この愚かな破壊を伴う霊の戦いを止めないと、防犯カメラを日本中に増やすどころか、やがてこれを実践している教会が警察の監視の対象になる可能性がある。刑事告訴されて、迫害だと言う牧師が出ないように、この警鐘が耳に届くことを願う。

 ある日の礼拝で、WチャーチのM牧師が「ある牧師と、いくつかの拝所を周り、地域を縛っている悪霊を断ち切る祈りと追い出す祈りをしてきました。祈りが熱くなり、足で蹴ったりしながら祈りましたが、悪霊を追い出すには、これ程熱く祈らないといけないのです。」と言っておりました。また、同様な事をK教会のK牧師が言っておりました。K教会は、Wチャーチと同様に、礼拝で「拝所を支配している悪霊を追い出すには、熱い祈りと蹴って追い出す程の激し祈りが必要です。そうする事によって地域の悪霊を縛りやすくなります。」と言っていました。K牧師は大阪のBチャーチ、Y牧師とY婦人が扱っていたTトレーニングに没頭していました。K牧師がTトレーニングの関連でM牧師夫妻と共に、M島のY教会に行った時に、M島について飛行機から降りた途端に「L牧師」が何度も嘔吐したとのことでした。歴史的に罪深い島なので、L牧師は地域を縛る悪霊をとっさに感じ何度も嘔吐したとの説明をしていました。
by maranatha | 2015-07-01 00:05 | 霊の戦い
宗教問題