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村上 密 Blog

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カルト思考から抜けるには

最近、メディアで取り上げられるようなキリスト教会のカルト化の問題は起きてはいない。しかし、カルト化が進行していた中で虐待を受け被害者は、今も深刻なダメージで苦しんでいる。決定権が取り上げられていたため、物事を決められない後遺症を抱えた人もいる。仕事についているが言われたことにノーが言えず疲れ切った人がいる。明るく元気に振舞っているが内心はそうでない人がいる。もう自分を装う必要がなくなって沈み込んだままの人がいる。

後遺症を克服するための取り組みはいろいろあるだろう。同じ脱会若しくは退会した仲間と一緒にいるとカルト思考から抜けるのに時間がかかる。本が読むのが良い。しかし、一番良いのはカルトに詳しいカウンセリングを受けることである。対話形式で学べるからである。カルトの中では対話はない。トップダウンである。人と人との関係上下関係だけではないことをカウンセリングを通して体験し、質疑応答を通して回復を図るべきである。

by maranatha | 2017-10-28 11:20 | カルト化

火葬で金歯はどうなるか


最近、ある火葬場の骨揚げの時、遺族から、もし金歯があった場合はどうなりますか、と質問があった。仮定の質問に対して、係りの方は、高熱ですから燃え尽きてしまいます、との答えがあった。金が溶けてなくなるわけがない。その場は黙って過ごした。このブログを通して、疑問を持っておられる方々に、実情を知っていただくことにする。「火葬で金歯はどうなるか」を検索すると、「火葬後の金歯、銀歯は市の予算に 名古屋市の収益4880万円」がヒットする。


参考:https://www.news-postseven.com/archives/20161002_451461.html

by maranatha | 2017-10-26 23:02

聖書の読み方



10月28日に予定していたカイロスセミナー「聖書の読み方」が沖縄に台風が最接近するため中止となりました。次回の日程は、改めて、ご案内したします。

      カイロスの会セミナー
       「聖書の読み方」

カイロスの会は沖縄のカルト化教会被害者の支援・交流を目的とした会である。私は沖縄を毎月訪問するようになってから13年目を迎えている。 カイロスの会の設立にもかかわっている。それは何とか被害を食い止め、回復を支援するためである。カイロスの会は小さくはあるが、重要な働きをしてきた。今まで、セミナーではカルト化の問題点を取り上げてきたが、今回は聖書そのものに取り組む学びを企画した。貝では誰もが興味を持っている、そして、重要性を認識している聖書の学びをセミナーで取り上げることにした。  
沖縄のカルト化教会被害者の支援・交流を目的としたカイロスの会
今回のセミナーは「聖書の読み方」です。よく通読が奨励されます。通読は読むことが目的化されているので、読んだら終わりです。あまり記憶と心に残りません。しかし、著者が何を伝えたいのだろうと思って調べるような読み方をすると、著者の強調点に気づいたり、今まで読み過ごしていたことに気づいたりします。伝えたい側からの視点で読むと目が開かれていきます。聖書が、豊かで、生きて、心を打ち、慰め、励まし、戒め、生きる糧になってきます。今回のセミナーに参加することで、参加者の信仰生活が豊かになるように願っています。



●講師 村上 密 牧師

●日時 2017年10月28日 土曜日 13:30~16:00

●場所 沖縄船員会館 第一会議室 (那覇市前島3-25-50 TEL 098-868-2775)
*お車でおこしの方は、とまりんの駐車場をご利用ください。

●参加料 1000円

●お問い合わせ newlife0102@hotmail.com  090-9782-5892 (新垣)
*事前の予約は特に必要ありません、どうぞ当日そのままご参加ください。



by maranatha | 2017-10-26 21:55 | 聖書

エレミヤに共感

私はエレミヤに共感を覚えるようになった。自分の国が滅びようとしているときに、預言者として遣わされ、語れども、語れども、王、預言者、祭司、民の指導者も、民も彼を受け入れない。わずかな人々がエレミヤを信じて支えたのみである。彼は多くの悲しみを経験した。涙の預言者と言われる所以である。

私はこの国が亡国に向かっていると思っている。神に立ち返る人は少ない。そして、教会もおかしくなってきた。他府県のある人が、キリスト教会に失望し、もう教会へ行きたくないと伝えてきた。私もキリスト教会に失望している。しかし、イエス・キリストには失望していない、と伝えた。私はどんなことがあっても信仰は捨てない。私は私に与えられた使命を遂行するのみである。

エレミヤは愚かな王やユダ王国に献身したわけではない。もし、献身していたら、王と国とともに滅びていた。組織は献身の対象ではない。組織に属する人の中には良い人もいる。しかし、組織に属し、組織の中で生きていくうちに、それなりの立場を得ていくと、組織の存続のために生きるようになる。人が変わる。思考が、組織本位である。組織の利益と名誉と保身のために、組織に不祥事が起きても、被害者への誠実な対応はあまり期待できない。あくまでも、組織存続のために動き考える。それでは被害者は報われない。私はそのような組織から見捨てられ、どうしようもない精神状態になった人々を支援している。組織は献身するところではない。最後は信頼を寄せる者を裏切るのが人間の組織である。その冷酷さをしっかり肝に銘じて、組織との距離を持つべきである。これはすべての人間の組織に当てはまるものである。キリスト教という組織も同じである。どれだけ、過ちを犯してきたことか、歴史がそれを証明している。昨今、世界的な規模でキリスト教会内にカルト化が進んで、虐待を受けた人が声を上げている。

by maranatha | 2017-10-22 16:12 | 聖書

復活から

私たちは聖書を通してイエスを誕生から学ぶ。ところが、パウロは、復活のイエスと出会って、イエスをキリストと信じ、信仰生涯が始まった。イエスを信じる者たちを迫害する立場の人がイエスを信じる者になったのである。このようなパウロがイエスをどのように理解しているかは大切なことである。パウロは「私があなたがたにもっともたいせつなこことして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示す通り、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと」(1コリント15:3~4)と書いている。この中には「聖書」が2回出てくる。パウロは聖書に書いてあることがイエス・キリストにおいて成就したと言っているのである。イエスの弟子たちはイエスの十字架と復活を宣べ伝えていた。それでもパウロは彼らを迫害していた。復活のイエスは、迫害者を宣教者にしたのである。神のご計画は計り知れない。。私たちもこの計り知れない神のご計画の中に生かされている。
by maranatha | 2017-10-22 15:03 | 聖書

米軍のトラックがジャングルカラーに

10月22日、ある牧師と辺野古と金武の基地周辺を通った。以前、金武を通ったとき、軍用トラックがイラク仕様のサンドカラーだったが、今回は北朝鮮仕様なのか軍用トラックはジャングルカラー(緑の迷彩色)になっていた。カラーの変化で、戦争の気配を感じた。
by maranatha | 2017-10-21 23:19 | 沖縄

エリヤハウスの行き過ぎたカウンセリング

エリヤハウスのカウンセリングには行き過ぎたものがある。クライアントの記憶にないものを扱ったり、母親の胎内にいたときのことを話題にしてカウンセリングをしたりしている。このようなカウンセリングはしばしば深刻な問題を引き起こすことがある。そこで、啓発のために、エリザベス・ロフタスの「記憶が語るフィクション」を紹介する。

私は偽りの記憶の問題をいくつか扱ってきた。最近、友人と話していたとき、フランスではカウンセラーが偽りの記憶を植え付けたことで提訴されたことがあると聞いた。偽りの記憶が問題となってきた原因は、カウンセリングが儲けになると判断した人やグループによって始まったと考えられる。なぜなら、ないものをあるもののように植え付けて、それが癒されるようにカウンセリングすれば、ある分野のクライアントを作り続けることができる。そして、継続的にカウンセリング代を受け取ることができるからだ。偽りの記憶が幼少期の性的虐待である場合、深刻な問題を引き起こすことになる。アメリカではこのようなケースが起きている。そして、日本でも起きている。


資料:「記憶が語るフィクッション」を検索http://www.ted.com/talks/lang/ja/elizabeth_loftus_the_fiction_of_memory.html

by maranatha | 2017-10-17 20:21 | エリヤハウス

秋の虫は、人が近づくと鳴きやむ。。虫は気配をうかがいながらじーっと鳴かずにいる。危険が去ったと思えばまた鳴き出す。鳥は、人が近ずくと、危険を感じて飛び立つ。人が声を出すかではなく、気配で人を避けている。昆虫や鳥、動物は音に敏感である。家猫はだれが帰ってきたかを見る前に判断する。人にはそれぞれ歩く特徴があるからだ。ドタバタ歩く人、静かに歩く人、ドンドン歩く人、速足の人等々。家猫は音を聞き分けている。そして、怒ったような足音には、人を見る前から警戒して、顔を合わせないように、その場から去っていく。君子(ねこ)危うきに近寄らず。人が戸を叩くとしよう。ドンドンと叩けば、人は警戒する。トントンと叩けば警戒はゆるむ。大きな声で呼びかければ、何事かと思う。名前を大きな声で早口で言えば、人は叱られると思う。しかし、弓なりに名前を呼べば安心感を与える。名前の語尾を伸ばせば、おもわず、な~に、と応えたくなる。意外と人も音で判断している。あまり意識していないだけである。人の心を開けるためには、また、会話を続けさせるためには、音や抑揚に気を付ける方がよい。

by maranatha | 2017-10-17 15:37 | 心理

あげた

対話の中で、あげた、あげたが多い人には、食卓に毎日天ぷらが多いとどうですか。どんなに天ぷらが好きな人でも飽きますよと注意している。あげたは善意の押しつけである。気の弱い人、立場が弱い人はそれを断りきれないで避けるようになる。しかし、あげた人はなぜ自分が避けられるかわからない。自分の選択を尊重してくれない人との関係は、親でも恋人でも友人でも良い関係は長く続かない。あげたは人間関係をいつの間にか上下関係にするのでそれを無くせば、フラットなよい関係になる。
by maranatha | 2017-10-16 20:05 | 心理

人間関係

ある人が相談に来た。友人との関係が悪くなってしまった。何が原因で悪くなったのかわからない。いろいろしてあげたのにこんなになるとは残念です。「あげた」が気になったので、どんなことをしてあげたのか質問した。ほとんどが同意を取り付けていない、一方的な親切である。一方的な親切は段々相手の負担になって、人間関係を悪くする原因となる。それで、親切はしてあげるものではなく、いかがですか、と提案型の対話を勧めた。はいは同意を得ているので大丈夫。いいえはどうしてと聞かないように。なぜなら、どうしては説得ととられ、また押し付けとなる。人は時に断わる理由を言いたがらないものである。それを聞くことは関係をやや悪くする。この質問形式がつつけば、人は遠ざかることになる。
by maranatha | 2017-10-16 19:41 | 心理
宗教問題