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村上 密 Blog

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福音の空洞化

私は教会のカルト化問題に取り組んできた。このような教会の中に、十字架の罪の赦しを救いとして教えるよりも、天国へ行くことを救いとして教える教会があることに驚いた。全く死者の復活が語られていない。ある時、何が救いであるか質問したところ、天国に行くこと、と答えがあった。確かに、信じた者は死んだ後に天国に行くが、キリストの再臨の時、キリストを信じて天に召された人々は、復活する。生きて、再臨を迎える人も復活のからだに変えられる。神は気まぐれに人間に体を与えられたのではない。神は朽ちる体が朽ちない体に変えられることを約束しておられる。復活は大いなる希望である。聖書の中にたいせつなこととして教えられてある復活が教えられていない。このような福音の空洞化が進行している。
by maranatha | 2017-11-07 12:04 | 聖書

もし 死者の復活がないのなら

パウロがコリントの人々に伝えた福音はコリント第1の手紙15章に要約されてある。それは十字架(3節)と復活(4節から11節)である。パウロはこの二つを「最もたいせつなこと」(3)と言っている。「私があなたがたに宣べ伝えたもので、あなたがたが受け入れ、また、それによって立っている福音」(1)から「私たちはこのように宣べ伝えているのであり、あなたがたはこのように信じたのです。」(11)までにそのことが書いてある。

1兄弟たち。私は今、あなたがたに福音を知らせましょう。これは、私があなたがたに宣べ伝えたもので、あなたがたが受け入れ、また、それによって立っている福音です。
2また、もしあなたがたがよく考えもしないで信じたのでないなら、私の宣べ伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、この福音によって救われるのです。
3私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、
4また、葬られたこと、また、聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと、
5また、ケパに現われ、それから十二弟子に現われたことです。
6その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現われました。その中の大多数の者は今なお生き残っていますが、すでに眠った者もいくらかいます。
7その後、キリストはヤコブに現われ、それから使徒たち全部に現われました。
8そして、最後に、月足らずで生まれた者と同様な私にも、現われてくださいました。
9私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。
10ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。
11そういうわけですから、私にせよ、ほかの人たちにせよ、私たちはこのように宣べ伝えているのであり、あなたがたはこのように信じたのです。

コリント教会にはいろいろな問題が起きている。その中で、最も大きな問題は、最もたいせつなこととして伝えた復活を否定していることである。パウロは「どうして、あなたがたの中に、死者の復活はない、と言っている人がいるのですか」と問いかけている。「もし、死者の復活がないのなら、キリストも復活されなかったでしょう。」(13)「そして、キリストが復活されなかったのなら」(14)「私たちの宣教は実質のないものになり、あなたがたの信仰も実質のないものになる」(14)「私たちは神について偽証した者ということになり」(15)「神に逆らう証言をした」(15)ことになる。そして「信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいる」ことになる。「そうだったら、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまった」(18)ことになる。死者の復活がないとすれば、ないことをあると言っているキリスト者は「すべての人の中で一番哀れな者」(19)となる。今日の教会の問題は、このコリント教会のように、教会の内部に死者の復活、キリストの復活を信じない人を抱えていることである。そして、復活を信じない合理的な考えの人々が徐々に増えていることである。その結果、教会はコリント化(堕落)しつつある。復活の否定は信仰の否定であり、倫理的崩壊を招くことになる。パウロは断言する「しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。」(20)私たちが立つべき福音は復活である。


12ところで、キリストは死者の中から復活された、と宣べ伝えられているのなら、どうして、あなたがたの中に、死者の復活はない、と言っている人がいるのですか。
13もし、死者の復活がないのなら、キリストも復活されなかったでしょう。
14そして、キリストが復活されなかったのなら、私たちの宣教は実質のないものになり、あなたがたの信仰も実質のないものになるのです。
15それどころか、私たちは神について偽証をした者ということになります。なぜなら、もしもかりに、死者の復活はないとしたら、神はキリストをよみがえらせなかったはずですが、私たちは神がキリストをよみがえらせた、と言って神に逆らう証言をしたからです。
16もし、死者がよみがえらないのなら、キリストもよみがえらなかったでしょう。
17そして、もしキリストがよみがえらなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。
18そうだったら、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのです。
19もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。
20しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。

by maranatha | 2017-11-07 11:16 | 聖書

悔い改めない者には裁き、悔い改めた人には赦し

パウロの言葉の中で最も強い言葉の一つである。「私は二度目の滞在のときに前もって言っておいたのですが、こうして離れている今も、前から罪を犯している人たちとほかのすべての人たちに、あらかじめ言っておきます。今度そちらに行ったときには、容赦はしません。」(2コリント13:2)この節には相手の名前はありませんが、教会の中ではよく知られている人である。この人々に向かってパウロは「容赦はしません」と書いている。パウロはこの人々にさらに語りかけている。「あなたがたは、信仰に立っているかどうか、自分自身をためし、また吟味しなさい。それとも、あなたがたのうちにはイエス・キリストがおられることを、自分で認めないのですか――あなたがたがそれに不適格であれば別です。――しかし、私たちは不適格でないことを、あなたがたが悟るように私は望んでいます。」(5、6)パウロは裁きたくはない。本当は罪の悔い改めを願っている。それで、祈りが次に書いてある。「私たちは、あなたがたがどんな悪をも行なわないように神に祈っています。それによって、私たち自身の適格であることが明らかになるというのではなく、たとい私たちは不適格のように見えても、あなたがたに正しい行ないをしてもらいたいためです。私たちは、真理に逆らっては何をすることもできず、真理のためなら、何でもできるのです。私たちは、自分は弱くてもあなたがたが強ければ、喜ぶのです。私たちはあなたがたが完全な者になることを祈っています。」(7、8、9)「祈っています」が2回ある。コリント第2の手紙の目的は「そういうわけで、離れていてこれらのことを書いているのは、私が行ったとき、主が私に授けてくださった権威を用いて、きびしい処置をとることのないようにするためです。この権威が与えられたのは築き上げるためであって、倒すためではないのです。」(10)
by maranatha | 2017-11-06 19:38 | 赦し

パウロがコリント教会で「天の御国のかぎ」を行使

赦しなさいを強調する人は多い。裁きなさいを強調する人は少ない。しかし、裁かなくてよいわけではない。時には裁きが必要である。パウロは次のように言っている。「私があなたがたのところへ行くのは、これで三度目です。すべての事実は、ふたりか三人の証人の口によって確認されるのです。私は二度目の滞在のときに前もって言っておいたのですが、こうして離れている今も、前から罪を犯している人たちとほかのすべての人たちに、あらかじめ言っておきます。今度そちらに行ったときには、容赦はしません。」(2コリント13:1、2)この言葉で申命記19章15節を思い浮かべる人もいるだろう。しかし、これはむしろパウロの「天の御国のかぎ」(マタイ16:19)の適応である。マタイ18章15節から20節には「天の御国のかぎ」について詳しく書かれてある。

「また、もし、あなたの兄弟が罪を犯したなら、行って、ふたりだけのところで責めなさい。もし聞き入れたら、あなたは兄弟を得たのです。もし聞き入れないなら、ほかにひとりかふたりをいっしょに連れて行きなさい。ふたりか三人の証人の口によって、すべての事実が確認されるためです。それでもなお、言うことを聞き入れようとしないなら、教会に告げなさい。教会の言うことさえも聞こうとしないなら、彼を異邦人か取税人のように扱いなさい。まことに、あなたがたに告げます。何でもあなたがたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたがたが地上で解くなら、それは天においても解かれているのです。まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」(マタイ18 :17 ~ 20)

「つなぐ」は禁じる「解く」は赦すことである。ここには赦しと裁きを教会がどのようにするかが書いてある。イエスはこの権限を教会に与えられた。「教会の言うことさえ聞こうとしない」とは罪を認めようとしないことである。その場合は「異邦人か取税人のように扱いなさい」である。ユダヤ人はこのような人々と交わりをしないようにしていた。ただし、イエスや弟子たちは悔い改めて信仰を持った異邦人や取税人とは交わりをした。「異邦人や取税人のように扱いなさい」は罪を認めて悔い改めようとしないので教会の交わりからの追放を意味した。これがパウロの「容赦はしない」の意味である。パウロは罪を犯した人が悔い改めないので今度の訪問で裁く予定にしている。赦しなさいだけが聖書の教えではない。正しく裁くことも聖書の教えである。それが「つなぐ」「解く」である。口当たりの良い「赦しなさい」で問題を解決しようとする人は、悔い改めを勧めもしないので加害者に加担していることになる。悔い改めた人に対して赦しを勧めるのであれば、それはわかる。もし、真に悔い改め、損害を与えているのであれば償いがあって当然である。

by maranatha | 2017-11-04 23:39 | 聖書

強い味方

ある婦人が物件の購入契約時に私の同席の依頼をしてきた。不動産業者は、交渉の場で、随分と私を意識していた。私は沈黙を通そうと思ったが、ときどき、専門用語を少し出した。どうも、この分野に詳しい人が同席していると勘違いしたらしく、丁寧で低姿勢であった。物件購入はつつがなく進んだ。
by maranatha | 2017-11-02 17:57

詐欺逮捕

ある人が相談に来た。話を聞いていると詐欺に遭っている。そこで、警察署にいっしょに被害届を出しに行った。刑事三人が対応してくれた。刑事が調書を取って、上と話して来ますと席を外した。帰って来て、村上先生をお前知らんのかと上から叱られました、と詫びられた。それから村上さんから村上先生と呼ばれるようになり、事件はとんとん拍子に進み、逮捕となった。
by maranatha | 2017-11-02 17:42

交渉術

ある団体が古屋を購入した。それから、その古屋を解いた。新しい建物を建てるためである。ところが、隣家の人がヤクザを使って脅しをかけてきた。私は代理として、隣人とヤクザと交渉することになった。交渉の場を近くの喫茶店にした。近所の人の目がある場所を選んだ。それから、私は代理なので、交渉を間違いなく伝えるなければならないので、録音をすることを伝えた。交渉が始まり、録音を始めた。それまでは威嚇的な発言をしてたヤクザが何も言わなくなった。交渉はスムーズに進んだ。他に何かないかを聞いて、何もないので交渉は終わった。ヤクザが話し始めたので、録音を取りますと言うと黙った。目は脅しているが、言葉は出ない。暴対法ができていたので、録音を味方にして交渉した。それ以降はヤクザは出てこなかった。
by maranatha | 2017-11-02 17:27
宗教問題