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村上 密 Blog

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金持ちも救われる

イエスが「金持ちが神の国に入るより、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい。」(18:25)と話されたとき、これを聞いた人々は 「それでは、だれが救われることができるでしょう。」(18:26)と言った。私たちも同じように思うのではないだろうか。イエスは 「人にはできないことが、神にはできるのです。」(18:27)と語られた。この話の前後に金持ちのことが書かれてある。前者は役人で大変な金持ちである。後者は取税人かしらで金持ちである。役人が救われなかったのは自分の行いでできるのではないかと思ったからである。「尊い先生。私は何をしたら、永遠のいのちを自分のものとしてうけることができるでしょうか。」(18:18)彼は何をしたらと聞いた。人にはできない。一方、ザアカイはイエスを家に向かい入れ、話を聞き、イエスを信じた。彼は 「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれからでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します。」(19:8)と言った。イエスは財産を貧しい人たちに施しなさいとは言っておられない。しかし、イエスは役人には「あなたには、まだ一つだけ欠けたものがあります。あなたの持ち物を全部売り払い、貧しい人々に分けてやりなさい。そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。そのうえで、わたしについて来なさい。」(18:22)と語られた。何をしたらと言う者に対して高いハードルを示しておられるが、それをしたから救われるわけではない。救いは「人にはできないが、神にはできるのです。」(18:27)これがイエスが伝えたいことであり、ルカが伝えたいことである。そして、私たちも行いではなく、イエスを信じることによって神によって救われるのである。
by maranatha | 2018-04-27 22:44 | 聖書

いよいよ今週の土曜日 カイロスの会セミナー

「聖書の読み方」

今回のセミナーは「聖書の読み方」です。よく通読が奨励されます。通読は読むことが目的化されているので、読んだら終わりです。あまり記憶と心に残りません。しかし、著者が何を伝えたいのだろうと思って調べるような読み方をすると、著者の強調点に気づいたり、今まで読み過ごしていたことに気づいたりします。伝えたい側からの視点で読むと目が開かれていきます。聖書が、豊かで、生きて、心を打ち、慰め、励まし、戒め、生きる糧になってきます。今回のセミナーに参加することで、参加者の信仰生活が豊かになるように願っています。


●講師 村上 密 牧師

●日時 2018年4月28日 土曜日 13:30~16:00

●場所 沖縄船員会館 第二会議室 (那覇市前島3-25-50 TEL 098-868-2775)
*お車でおこしの方は、とまりんの駐車場をご利用ください。

●参加料 1000円

●お問い合わせ newlife0102@hotmail.com  090-9782-5892 (新垣)
*事前の予約は特に必要ありません、どうぞ当日そのままご参加ください。


by maranatha | 2018-04-26 10:05 | カイロス

創世記の系図

創世記5章11章には系図が出てくる。アダム家庭にはカイン、アベル、セツ、ノア家庭にはセム、ハム、ヤぺテ、テラ家庭にはアブラハム、ナホル、ハランの息子たちが出てくる。家庭が書かれてあるところでは息子たちが書かれ、そうではない場合は、息子、娘たちを生んだと書いてある。当然、アダム、ノア、テラに娘たちがいると思われる。証明できるのは、アブラムの妻はサライで腹違いの妹である。それから、カインがエデンから追放されたとき、ノデの地に住み、妻との間にエノクを産んだ。この妻は妹と思われる。3家庭に息子たちが書かれているが、必ずしも息子たちだけではないことを知っておく必要がある。なぜなら、多産に時代にそれも息子だけ産むとは限らないからである。また、書いてある順が生まれた順とも限らない。アブラハムは前後の記述から三人の中では末の子である。また、ノアの家庭でもハムは末の子である。3人名前が書かれる時、それは重要順である。例えば、モーセとアロンとミリアム、ペテロとヨハネとヤコブのようにである。聖書を読むとき、自分の概念で読み込むと誤解が生じる場合がある。文脈を理解の手がかりとして読む習慣を身につければ、読むから理解に進める。
by maranatha | 2018-04-26 10:03 | 聖書

拳骨で平和を

高校1年生の時のことである。Aが私の机でパンを食べ散らかした。私はごみをかき集めて、Aの机の上に置いた。Aは授業が始まってから、教師の目を盗んで、パンくずを私に投げてきた。授業が終わって教師が退室すると、ぬしゃ~(おまえは)と言い寄り、つかみ合い、殴りかかってきた。椅子や机がなぎ倒され、けんかの場所がべランダになった。私は父の言いつけを守ってきた。1発、2発は殴られてやれ。3発目は油断して殴ってくるのでカウンターで急所を殴り返せ。忠実に相手の鼻を拳骨で殴った。たちどころに鼻から血が流れだし、戦意を喪失した。私は蹴倒して、蹴りまわそうかと、父のけんかの教えを再現しようと思ったが、さずがに同級生たちが束になって止めにかかった。Aは翌日から高校に来なくなった。いつまでも来ないので心配していたら、転校していったとのことだった。高校生の時「わる」に絡まれたのはこの時一度だけだった。以後は争いのない高校生活を終えた。それでも、私は二度高校をやめようと思った。一度はけんかの後、退学か停学かを受けるのではないかと思い、どうせなら自主退学をしようと覚悟していた。ところが、担任教師がこのことを知っても何も処分について口にしなかった。正当防衛が成立しているからである。ちょっと行き過ぎた正当防衛である。父の先見の明に感じ入った。もう一つは、高校はミッションスクールに通っていたが、良寛の生き方に感銘を受けて禅寺に出家しようと計画したことがあった。ある日、担任教師、院長のところに行って退学届を出そうとしたが、あいにく、ふたりは席を外していた。やり場のない思い出で、ベランダから退学届を破り、紙ふぶきにして投げ捨てた。まだ、心を治めるができない時期の思い出である。私はこの頃は道を求めて読書三昧で、母は目が悪くなるからほどほどにしなさいとよく言っていた。
by maranatha | 2018-04-25 23:55 | 心理

血まみれのけんか

私は兄とけんかした記憶がない。これは両親と兄から聞いた話である。私は保育園児の頃に兄とけんかをした。肥後刀の取り合いになって、貸して、貸さんのやり取りになった。兄は怒って、肥後刀を私に投げた。それが私の左目の目じりの端で眼球まで数ミリの骨の部分に当たった。瞬く間に左目は血だらけになり、ポタポタと血が流れ出した。私は近くにあった鎌を手にかけて上段に兄の頭に振り下ろした。兄は頭から血がだらだらと流れた。兄弟とも血まみれになった。急いで病院に連れて行かれたと聞いた。昨年、兄と何かを話しているとき、まだ、あの時の傷が目じりに残っているよと話すと、おる(私)もまだ頭に傷が残とっととたいと頭の傷を指した。互いに大笑いした。私たちは私たちのけんかがどのような結果になるかを経験した。その結果、私たちは互いを恐れ、暗黙のうちに不戦の関係を築いたのではないかと思う。口げんかさえ記憶にない。

by maranatha | 2018-04-25 23:12 | 心理

御室桜

ある年の4月の下旬の頃だった。、遠来の訪問者がもう京の桜は散ってしましましたかと残念そうに聞いてきた。仁和寺の御室桜は京都で咲く最後の桜であると聞いたことを思い出した。ひょっとしたらまだ咲いているかもしれませんと車を飛ばした。道々、桜は散ってしまっていた。しかし、御室桜は咲いていて、近づくと桜餅のような香りがした。いろいろな桜を見てきたが、香りを楽しめる桜にお目にかかったのは最初であった。
by maranatha | 2018-04-25 22:11 | 自然

ヤマバトとの距離

歩道と車道の間に垣根がある。その垣根の下でヤマバトがエサを啄んでいた。私はじゃにならないように気を使いながら、右目の隅にヤマバトを見るようにして人を待っていた。ヤマバトは何度も啄んでは私を見るのを繰り返した。警戒と食欲のバランスを取りながらで、私たちの距離は微妙な2メートル前後であった。すると、車道を車が通って、ヤマバトは驚いて歩道の方にパタパタを移動してきた。そして、私の足元に来て、私を見上げて驚いて飛び去って行った。
by maranatha | 2018-04-25 22:02 | 動物

猫との距離

ある家庭を訪問した。参加者は7名と猫1匹。猫の名前はJ(仮名)。Jは最初の頃は警戒心が強かった。ところが訪問を重ねるごとに慣れてきた。今日は、私が指定席に腰を下ろすと、足元に駆け寄ってきて、頭を私の右足の甲に何度も何度もすり寄せて、その後、腹を見せてくれた。私たちの距離も心も近くなった。警戒から安心に。



by maranatha | 2018-04-25 22:00 | 動物

ヘビ

子どもの頃、山の池でよくフナ釣りをした。ときどき、カラスヘビが水の上をスイスイと泳いでいる姿を見た。ある時、石を投げたら、追っかけてきた。驚いて釣り道具を放って逃げた。

山へ行こうとしてヘビを見かけた。遠目にも今まで見たことのないヘビに見えた。近づくと鎌首を上げた。コブラのように見えたが、よく見るとアオダイショウがカエルを飲み込む途中だった。新種発見はできなかった。

マムシを飼ったことがある。父が竹山をブルドーザーで開いていたとき、マムシがよく出た。何匹か捕まえて、そのうちに一匹を家に持って帰った。私はかごを作ってマムシを入れ、観察を始めた。カエルやトカゲをエサとして与えたが一向に食べない。それで近くの山に逃がしてあげた。父がある日、マムシをどうしたと聞くので、エサを食べないので逃がしたと言ったら、腹ばすかんと食べんたい(腹がすかなければ食べない)と言った。そうか、無駄飯を食べるのは人だけだ。

ある時、畑道を歩いていた。だれかが縄を落したのだろうか。段々近づくと、ヘビがまっすぐになって昼寝をしていた。びっくりして飛び上がると、ヘビはのんびり草むらに逃げた。

by maranatha | 2018-04-25 09:33 | 自然

フクロウのいる学校

私が通った小学校と中学校は東西に隣り合っていた。その北側に南郷往還が東西に走っていた。南郷往還はくぼ地の古道でよくキジを見かけた。ウサギもヘビもいた。コジョケイがチョットコイ、チョットコイよく鳴くので、心の中でチョットイコカと応えたものだ。ヤマイモがよく自生していた。北側にはたくさん漆の大木があり、後で赤穂浪士と関係があることを知った。南側にはクスの大木が通学路に沿ってあった。夕方、ゴッホウ、ゴッホウと雄鳥が鳴いていた。画家のゴッホではない。5月になるとクスの大木の枝に2羽から4羽のひなどりをよく見かけた。毎年同じ木である。きっと洞があるのだろう。自然の豊かな所であった。

by maranatha | 2018-04-25 08:57 | 自然
宗教問題