人気ブログランキング |
ブログトップ

村上 密 Blog

<   2018年 07月 ( 21 )   > この月の画像一覧

裁いてはならないのか

カルト化した教会では「さばいてはいけません。」(マタイ7:1)を牧師が強調する。それは自分が裁かれないためである。牧師は、法律も宗教法人法も教会規則も無視して、独善的な教会運営を続けるから、裁かれないように聖句を悪用している。裁いてはならないは無条件ではない。場合によっては裁かなければならないこともある。

イエスは「にせ預言者たちに気をつけなさい。彼らは羊のなりをしてやって来るが、うちは貪欲な狼です。あなたがたは、実によって彼らを見分けることができます。」(7:15、16)このように教えておられるのですだから、牧師や教師も実によって見分けることが大切である。イエスは「わたしは彼らにこう宣告します。『わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども。わたしから離れて行け。』」(7:23)と言われたように、教会もにせ預言者、にせ牧師、にせ教師を見分けて、教会から追い出すことである。「天の御国のかぎ」(マタイ16:19.18:15~20)を使うと良い。これは教会内で裁くようにイエスが教えられたプロセスである。

by maranatha | 2018-07-27 22:06 | 聖書

預言の応酬

ある教会に「預言者」がいた。子どもの言動に手を焼いて、「預言者」が立ち上がった。「預言者」曰く「子どもだからと言って神が手加減すると思い上がってはならない、と主は言われる。」「先生、このように教会で子どもが裁かれています。、どうしたらいいでしょうか。」「子どもに言いなさい。預言者だからと言って裁きを免れると思ってはならない、と主は言われる。」と応酬しなさい。カルト化した教会では、預言を裁きとして教会の集会で用いることがある。言われ続けると会衆は萎縮してしまう。言い返す力がないと精神が参ってしまう。同じように応酬する人が出てきたら、どのような決着があるだろうか。預言の応酬、それは自分の言い分を神を騙って語るのであって、主からではない。人は啓示形式に弱い。預言者だから、牧師だから、教師だから、裁きを免れるわけではない。聖書の教えから逸脱し、異端になってしまった場合、それに対しては裁きがある。私の立場だったら、そこから抜け出しなさいと忠告する。
by maranatha | 2018-07-25 22:55 | カルト化

ミニヤン

使徒の働きに「安息日に、私たちは町の門を出て、祈り場があると思われた川岸に行き、そこに腰をおろして、集まった女たちに話した。」(16:13)とある。これは、ピリピの町での出来事である。ユダヤ人は安息日に礼拝を行う。この町には会堂がなかった。なぜ、会堂がないと分かるか。安息日なのに会堂ではなく「町の門を出て、祈り場があると思われた川岸に行き」と書いてあるからである。その川も町の下流ではない。それは上流である。それは習慣である。「腰をおろして」もユダヤ人の教える習慣である。イエスも山の上で腰をおろして教えられた。川岸には男たちがいない。もし、成人したユダヤ人の男たちが10人ピリピの町にいたら、会堂があったはずである。なぜなら、会堂での正式な礼拝には10人の成人男性が必要な出席数だからである。これをミニヤンと言う。書いてはないがユダヤ的な背景を知っていたら以上のことが分かる。
by maranatha | 2018-07-24 23:06 | 聖書

聖イエス会の結婚観 5

結婚、それは一般には入籍だけで成立する。それは法的なものである。しかし、プロテスタントでは、神の前の誓約と入籍が必要である。カトリックでは神の前の誓約と入籍と性的結合が必要である。キリスト教では少なくても神の前の誓約と入籍、すなわち、法的側面と宗教的側面が必要となる。しかし、聖イエス会は誓約がなくても神の前に進み出れば結婚が成立した。それなのに入籍しないとは赦せないとして除籍となる。この展開は赦しがたい。女性の苦痛は交渉を始める時以上に増し加わった。
by maranatha | 2018-07-23 10:34 | 教会

聖イエス会の結婚観 4

白い結婚を聞いたことがあるだろうか。これは入籍はしているが、性関係が成立していないことを指す言葉である。以前、私は結婚をしたが性的関係が長年全くなかった「夫婦」の離婚を勧めた。離婚したものはこの職に就いてはならないと言う職業の人であったために職を失うことが考えられたが、これは白い結婚であるので職を辞する必要はないと主張し、辞任を防いだことがある。
by maranatha | 2018-07-23 10:33 | 献金

聖イエス会の結婚観 3

交渉の過程で、聖イエス会はこの結婚は神の前に成立しているとの立場を取った。プロテスタントでは神の前で二人が誓約し、それから入籍して結婚が完結する。カトリックでは神の前で二人が誓約しそれから入籍し、更に性的結合で結婚が成立する。聖イエス会では結婚したくなくても、ふたりが神の前に出て、一方が誓約の言葉を言わなくても結婚が成立する立場である。女性は私は誓約の言葉を言っていない。入籍もしていない。だから結婚は成立してないと言う。聖イエス会は、プロテスタントでもない、カトリックでもない、独特の結婚観である。聖イエス会は親イスラエルの立場である。しかし、ユダヤ教の結婚観を取り入れているわけではない。私は聖イエス会の結婚観は聖書的ではないと判断する。この聖イエス会の結婚観は女性が提起した結婚は成立していないを受け入れれば謝罪と償いを受けれなければならないので、結婚は成立したとして、女性の謝罪と償いを拒否するための方便である。教会籍の除籍はなんとか結婚に漕ぎつけようとパワハラと言ってよい強い圧力を牧師が加えた。それでもそれを拒否し続けたために、女性は除籍となった。


by maranatha | 2018-07-23 10:32 | 教会

聖イエス会の結婚観 2

私はカウンセリングをしながら、この問題解決のために代理人となった。聖イエス会の責任者がこの問題の担当者となって、数年が経った。この春、交渉が終わった。結論は短い文章で、個々の問題に返答する文書もなく、聖イエス会がまったく非を認めない内容であった。交渉の過程で、責任者は誠実に対応してくださった。しかし、個人の判断では結論を出せない。このような問題は執行部でも検討され、途中に弁護士も相談に乗ることとなった。このころから、教会内で判断する。聖書から判断すると言う傾向が薄れていった。なぜか。これは時効である。謝罪と償いに応じる必要はない、との法的に解決を図る方向に進んだからである。私は交渉をはじめる時、これは法的には時効ですが、宗教的な対応を願い出た。それが受け入れられて、交渉が進んだのである。であるから、女性が受けた精神的な被害とその後の不利益を償うためにも、損害賠償という法的な言葉を使わないで、謝罪と償いを要求した。謝罪で物事が済むのであれば、ある意味ではそれは簡単なことである。しかし、償いが負担であるならば、交渉を決裂させるか、時効を盾に、交渉に応じないか、自分たちに非はないとの結論で終わらせるしかない。
by maranatha | 2018-07-23 10:31 | 教会

聖イエス会の結婚観 1

聖イエス会の元信者の女性から相談を受けた。聖イエス会の有力者から縁談が持ち込まれ、自分の意思とは関係なく、結婚式まで進んでしまった。しかし、教会での結婚式では誓約はしなかった。入籍もしなかった。もちろん性的な関係もない。結婚式の前から結婚への圧力が加えられ、結婚式後も牧師からパワハラ受け、女性は精神的に深いダメージを受けた。男性が結婚するまで結婚してはならない。あなたは大変な罪を犯してしまった。いろいろなことを言われ、とうとう教会籍から除籍された。それから約20年が経ち、自分の人生を聖イエス会によって壊された。何とかならないだろうかと思って、宗教トラブル相談センターに相談があった。
by maranatha | 2018-07-23 10:29 | 教会

カナダからのニュース

ある語学教室の生徒さんの話

日本の学校と生徒と保護者、カナダの学校と生徒と保護者の関係はまったく違っている。カナダでは高校でも生徒は学校へは学びに行く。学びだから、掃除、後片付け、トイレ掃除なんかはしない。また生徒と先生は授業の関係だけである。服装から態度、家庭生活などには関与しない。例えば、廊下で生徒が座ろうが寝ようが、何も言わない。定時に先生が授業が終わらない場合は生徒は帰る。授業中に生徒がガムをかんでも、寝ても、帰っても、授業は進む。学校内の保安はセキュリティの仕事で、問題を起こせば厳しい対処が待っている。学校内の掃除はジャニターの仕事で、どんなに汚くても仕事。非常ベルや緊急時には全員が校舎から出る、これは法律。緊急時に、警察車両が来て安全確保がなければ構内に戻れない。生徒の健康や状態は本人の問題である。病気なら救急車が来る。日本のニュースで安全なはずの学校でという言葉をよく聞くが、こちらでそれを聴く人は過保護ではなく異常として受け留める。自分の身は自分で守る。自分の子供も親が守るので危険なら休ませる。また炎天下や高温では工事作業員でも休む。まるでシエスタ(昼寝、休息)という優雅な感覚。また、自己責任が当たりまえ、先生に全託はあり得ない。先生は聖職ではなくて、一つの仕事の種類にすぎない。しかし、ちょっと前までは、牧師さんは飛行機でも汽車でも特別扱い。なる人も少ないが、ブライダルパスターという偽牧師も居ない。こちらではドクターというのは医者だけでない。大学を出てちょっとやそっとでは成れない。総合病院内では誰がドクターかは分からない。白衣姿は助手。主治医は全くのカジュアルスタイルで、手術時に白衣か色つきを着る。大学の教授も多くはジーパン姿。偉そうな振りはしない。ここはカナダ。

by maranatha | 2018-07-22 00:09

コンプライアンス

ある所に問題が起きた。相談を受けてそこを訪ねた。ある理事が、法人の定款等を無視して暴走している。刑事、民事、定款、規則、就業規則に抵触する事柄を列挙して、進退問題に関わる事態ですよと忠告したが応じない。理事会では問題提起した側が劣勢で解決できそうにもない。内部でできそうにもないので、弁護士に相談して、刑事告訴できないか、民事告訴できないかを相談している。関係機関には報告を済ませ、連携していくようにしている。法人は崩壊の瀬戸際に来ている。しかし、問題を起こしている人物は自分の役職にしがみつき、ブレーキの外れた車のように暴走している。コンプライアンス、企業が活動するにおいて社会規範に反することなく、公正、公平に業務を遂行することで企業統治とも呼ばれる。現代は、これを失ったらどんな有名企業でも社会的責任を問われ、場合によっては会社がつぶれる。


by maranatha | 2018-07-21 11:47 | 宗教トラブル相談
宗教問題