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村上 密 Blog

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給与か謝儀か

教会は牧師に対して人件費の年間予算を組み、月々支出している。教会によって、それを給与と呼ぶところもある。私の所属する教会は給与ではなく謝儀である。どこが違うか。給与は働きに対する正当な報酬である。働きに見合う金額が支払われる。ところが教会の経済状況は各教会によってさまざまである。働きに見合う支給ができない教会もある。その場合、これは十分ではありませんが、奉仕に対するお礼ですとの意味で謝儀を出すのである。

教会は牧師の働きを教会内に縛ってはならない。牧師の働きには、伝道と牧会、信徒教育などがある。教区や教団、神学校での奉仕、市内の教会間の宣教協力の働きもある。また、教会員外の方々への相談を受け付けている教会もある。牧師は囲いの内も外も働き場である。教会は牧師に給与を払って養ってあげているのではない。養ってあげているは牧師を教会の中の働きに縛る考えで、上からの目線である。言葉の使い方で、教会と牧師の関係が築かれる。言い方に気を付けたい。

by maranatha | 2018-09-29 14:00 | 教会

代理人

人生の嵐を経験している人の相談を牧師になって37年受け続けてきた。と言うことは関わる私も嵐の中を生きてきたわけである。救急医療に従事する医師や看護師は緊張状態が続き、精神的に疲れやい。私は宗教問題の「救急医療」に従事するような生活を過ごして来た。バーンアウトに陥らずに過ごせたのは、使命感と役割を果たした満足感である。

なぜ、自分の教会外の宗教問題に顔を突っ込むのかと批判はある。牧師には囲いの中も外も働きの場である。各個教会が「治外法権的な関係」を築いたために、他の教会の問題に介入してはならない、との約束事できていた。聖神中央教会事件が騒がれる前、京都や大阪の教会には聖神中央教会から出た人々が相談に足を運んでいた。具体的な対応はどこの教会もしてこなかった。他の教会の問題に介入できないと思っていたからである。

異端やカルト相談は牧師になってから途切れたことはない。カルト化教会や教会の問題は2000年代に入ってから増えてきた。教会間の「治外法権的な関係」を崩して、他教会員の相談を受けることができるようになったのは、代理人に気づいてからである。代理人は、委任者のいろいろな不足を補う役目を果たし、委任者とともに問題に取り組むことができる。

代理人は他の教会の問題、宗教の問題を解決するのに役立つ。しかし、代理人になって宗教問題に取り組む人がいるかと言うとなかなかいない。相手方に弁護士がついた場合、「あなたは弁護士業務に当たることをしています。それは皮弁行為です。」私は「報酬を目的として代理人をしていません。」と返答すると、それ以上弁護士は何も言ってこない。このようなやり取りは何度もあった。報酬がないのに働きが続けられるかが問題である。幸い、宗教トラブル相談センターは寄付を受けているので活動ができる。経済的な困窮者への支援は寄付金からと手弁当である。寄付からは人件費は支出されていない。また、相談者から経費を受ける場合とボランティアの場合とがある。経費は交通費と宿泊費である。代理人でない働きに対しては報酬を受けることもある。教会から牧師への謝儀があるからこそできるわざでもある。

by maranatha | 2018-09-29 13:19 | 宗教トラブル相談

殺してはならない 殺さなければならない

出エジプト記のモーセの十戒には「殺してはならない」(20:13)がある。ここから、如何なる理由があろうとも人を殺してはならないと教える人がいる。死刑廃止や自死を禁じる根拠にする人もいる。21章12節から17節までには「殺さなければならない」(12、14、15、16、17)の定めがある。「殺してはならない」も「殺さなければならない」もモーセがシナイの山で神から受けた。一方を強調されると、一方が意識に残らないことがある。聖書の通読は、自分の記憶と照らし合わせて読み進めるために、読み飛ばしが生じる。読むことが目的となるので、著者が何を伝えようとしているかに注意がいかない。精読する習慣をつけないと、いつまでたっても聖書が伝えたいことではなく、思い込みの信仰生活をすることになる。
by maranatha | 2018-09-28 09:09 | 聖書

思い違い

「目には目、歯には歯」(出エジプト21:24)を読んで誤解している人が多い。目をやられたら目をやり返していいのだと思っている人が多い。神は個人の勝手な報復を赦していない。「モーセは民をさばくためにさばきの座に着いた。」(18:13)モーセのしゅうとは次のように語った。「私の言うことを聞いてください。私はあなたに助言しましょう。どうか神があなたとともにおられるように。あなたは民に代わって神の前にいて、事件を神のところに持って行きなさい。あなたは彼らにおきてとおしえとを与えて、彼らの歩むべき道と、なすべきわざを彼らに知らせなさい。あなたはまた、民全体の中から、神を恐れる、力のある人々、不正の利を憎む誠実な人々を見つけ出し、千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長として、民の上に立てなければなりません。いつもは彼らが民をさばくのです。大きな事件はすべてあなたのところに持って来、小さな事件はみな、彼らがさばかなければなりません。(19:19~22)さばく受け皿ができて、神はシナイ契約を与えられた。その中に「目には目、歯には歯」が書かれてある。さばく場合は二人もしくは三人の証人が必要であることは言うまでもない。事実が確認されてから、さばく側が「目には目を、歯には歯」を判断して、執行するのである。被害者ではない。イエスの時代にはさばきはそれぞれの地方にある会堂で行われた。大きな事件はエルサレムの最高議会(サンヘドリン)が扱った。(新改訳聖書第三版を引用)
by maranatha | 2018-09-27 22:43 | 聖書

赦すか裁くか

「『主よ。兄弟が私に対して罪を犯したばあい、何度まで赦すべきでしょうか。七度まででしょうか。』イエスは言われた。『七度まで、などとはわたしは言いません。七度を七十倍するまでと言います。』」(マタイ18:21,22)ここだけを読むと徹底的に赦しなさいをイエスが教えているように見える。しかし、イエスは七度の七十倍と語られる前に、兄弟間の罪の問題をしっかりプロセスを踏んで裁くように教えておられる。「兄弟が罪を犯したなら、行って、ふたりだけのところで責めなさい。・・・それでもなお、言うことを聞き入れようとしないなら、教会に告げなさい。教会の言うことさえも聞こうとしないならば、彼を異邦人か取税人のように扱いなさい。」(18:15~17)「彼を異邦人か取税人のように扱いなさい」とはユダヤ人は異邦人か取税人との交わりをしないようにしていた。それは兄弟の交わりから追放を意味した。赦しなさいではなく、裁きがしっかり語られていることを見過ごしてはならない。また、七度の七十倍を語られた後、23節から天の御国のたとえをイエスは語られた。借金の返済に対して、「主人の前にひれ伏して、『どうかご猶予をください。そうすれば全部お払いいたします。」と言った。」(26)借金の返済は当たり前である。ひれ伏して返済の猶予を願い出たしもべを「かわいそうに思って、彼を赦し、借金を免除してやった。」(27)赦しが先ではない。15節から流れている「悔い改めたら」を見失ってはならない。悔い改めるものに対して「赦し」が与えられるのである。一方、赦されたしもべは同じしもべ仲間で、彼から借金をしている者に出会った。借金を返済するから猶予をくださいと願うしもべ仲間に対して牢に入れた。ここでこの出来事を知った主人が再び出てくる。先のしもべへの赦しは取り上げられ、「主人は怒って、借金を全部返すまで、彼を獄吏に引き渡した。」(34)「あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天のわたしの父も、あなたがたに、このようにされるのです。」(35)赦すように語られる神が、悔い改める者を、赦さないなら、神は赦さない者を裁かれるとイエスは教えておられる。このように聖書を解く説教者たちがどれほどいるだろうか。聖書の言葉を用いて、赦しなさいばかりを強調しているのではないだろうか。聖書の神は悔い改めたものに対して赦しに富んでおられる方である。それに対して、悔い改めたものを赦さないなら、赦さない者を裁かれる神である。私たちが見分けなければならないのははたして彼は本当に悔い改めたのか。悔い改めるふりをして見せたのではないか。見分ける方法がある。謝罪である。借金を返済しますとの言葉である。
by maranatha | 2018-09-17 15:58 | 聖句の誤用

"魔法の学校"

2014年10月のスピリチュアル系のマガジン『Star People』を読んだ。インタビュアーが「五次元スクールという学校がとても興味深いのですが。」と質問している。それに対して、美鈴こと吉田真由美は「”魔法の学校”とも言いまして、魔法使いになりたいという人たちも学びに来られています。・・・魔法が使えるように訓練もしています。」「開講2周年目の今年は」と言っているので、五次元スクールの開講は2012年となる。五次元スクール=魔法の学校、と団体の責任者が認めていることになる。実は2011年8月に魔法の学校を開講している。翌年名称を変更をして五次元スクールとなった。中身は同じである。
by maranatha | 2018-09-12 00:16 | 五次元スクール

五次元スクールに関するニュース

2015年、五次元スクールに所属する被告の娘に対して原告の父母が提訴した平成27年(ワ)第4198号建物明渡請求事件(第1事件)と平成27年(ワ)第5068号損害賠償請求事件(第2事件)は、2017年2月22日に判決が言い渡され、原告が勝訴した。被告は同年控訴したが、同年9月1日に平成29年(ネ)第928号建物明渡・損害賠償控訴事件は棄却された。

五次元スクール関係者が裁判でいずれも敗訴している。


by maranatha | 2018-09-11 23:25 | 五次元スクール

五次元スクールに関する最新のニュース

五次元スクールに属する原告が「実父である被告からわいせつ行為を受け、PTSDに罹患したとして、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求」をした。原告は平成28年(ワ)第2689号損害賠償請求事件の2月15日一審敗訴を不服として控訴した。高裁で平成30年(ネ)第678号損害賠償請求控訴事件の判決が8月31日に言い渡された。判決の主文は「1、本件控訴を棄却する。2、控訴費用は控訴人の負担とする。」であった。私は悩み苦しむ被告を支援してきた。
by maranatha | 2018-09-09 23:05 | 五次元スクール

京都市内を見回すと、西に西山、東に東山、北に北山がある。南には山はなく、川がある。北を見ると、西に愛宕山、東に比叡山がひときわは高く見える。愛宕山の西側には亀岡盆地がある。盆地に川がるので、時には霧が盆地から流れ出る景色を見ることができる。いつも気を付けてみるのは愛宕山に雲がかかっているかどうかである。西からの湿った空気が愛宕山に当たると雲が生まれる。その雲が東に流れていく。雲が盆地に垂れ込んでくると山の高さで、雲の高さを判断する。雨雲は低いのでやがて雨が降り出す。私はどこへ行っても空を見上げて、雲の流れを見る。時には磁石をもって方位を確かめ、雲の流れから、上空の風の流れを見る。なんと楽しいことか。
by maranatha | 2018-09-08 06:57 | 自然

惑わし

惑わしが増えている。予防が十分にされていない。教会では異端に気を付けるように教える。しかし、教会がカルト化しないようにとは教えない。なぜ教えないのか。自分たちの中に入り込み始めたカルト性を指摘されたくないからである。カルトチェックがいくつかインターネット上に出ている。牧師がしないなら、信徒が自ら自分の属する教会のカルト度をチェックしてみたらよい。結果が悪かったら、牧師に質問してみるとよい。感情的に反応したら、気にしていたか自分のことを言われたように感じて気分を害いしたのである。改善がされなければ、問題が起きないうちに離れたほうがよい。カルト性は段々浸透してくる傾向にある。始めは正しかったのに、やがて正しいかもになり、正しくないに変わっていく。悪しきものの座に座らないように気を付けることである。
by maranatha | 2018-09-08 06:40 | カルト化
宗教問題