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村上 密 Blog

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鳩救者

旅先のホテルの近くに川がある。時々、魚を見に行くことがある。昨日の事である。川上から桃ではなく黒いものが流れてきた。よく見ると、ハトがずぶぬれの状態で浮いて流れている。空を飛ぶハトはよく見かけるが、ハトが川に落ちて流れるのを初めて見た。頭をもたげてときどき弱弱しく動かしているので生きているのがわかった。目と目が合った。何とか助けられないかと、周囲を見渡すが何もない。川下に木があるので、何かあるかもしれないと急いで捜しに行った。3メートルほどの枯れた木がそこにあった。それを使って救い上げることにした。ふたまたのところではひっくり返り、みつまたのところで胸と両羽を支えるように救い上げた。日差しがあって暖かだったので、猫に見つからないような場所に置いて帰った。今朝はハトがどうなっているか気になった。何事もないことを願いつつハトのところに行った。ハトの毛も散っておらず、ハッとしないでホッとした。血も流れていなかったので、羽が乾いて飛べたのだろうと思って帰りに着いた。

昔のことを思い出した。橋を渡っていると、トンビが空から橋下の草むらに舞い降りた。飛び立つかと思っていると飛び立たない。トンビが飛ばずに弱弱しくジャンプしている。かわいそうに思って河原に下りた。どうしたんだ。ヘビにでもかまれたかと声をかけながら、優しく取り(鳥ではない)あげて、肩に乗せて帰った。介抱してから解き放った。ツルの恩返しは童話で知っているがトンビの恩返しは聞いたことがない。今日まで恩返しがないので新しい童話を作れないでいる。今回はハトが川上から流れてきた。川上から流れてきた話は母からさんざん聞かされた。むかし、むかし、あるところに・・・ではない。あんたは白川の川上からドンブラドンブラと流れてきた。母が川から救い上げてくれたので今の私がある。だからなのか、恩返しをしなければならないのは私なので、川で鳥を助けることが重なるのだろう。キジではないので話に落ちがない。桃太郎さんにはなれない。

by maranatha | 2019-01-26 22:52 | 動物

伝道者の書 引き裂くのに

伝道者の書に「引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある」(3:7)と書いてある。カルトによって家族が引き裂かれ、再び縫い合わされることがある。最近、引き裂かれ、縫い合わされた家族と会った。娘さんがカルトの指導者と結婚し、家族もカルトに入信した。2005年、聖神中央教会事件の報道を見られた年配のご婦人が、あるセミナー会場で、私に娘を助けてくださいと依頼してこられた。それから相談を繰り返していく内に、ご夫妻はカルトから手を切られた。しかし、娘が人質になっているような状態で、相談が続いた。ご夫妻は自宅の電話帳の近くに、「困ったら村上先生に相談するように」とメモを残しておられた。相談から10年後、娘さんが家に帰ったときメモを見て、電話番号を書き控え、大変な時に電話をしてこられた。緊急の相談に応じた。このことが、その後の娘さんの脱会と離婚につながった。今は家族仲良く暮らしておられる。月に一回家庭集会を開いて、聖書の教えに耳を傾けておられる。神は、小さなメモを用いて、10年引き裂かれた家族を縫い合わせられた。
by maranatha | 2019-01-24 23:00 | 聖書

誠意ある謝罪とは

ある人が教会に通い始めた。教会に過干渉の教会員がいた。困ってしまい、彼に対して自粛を求めた。しかし、干渉され続けた。牧師に相談したが何の効果もない。そうして、心と体のバランスを壊してしまった。教会員は間接的に謝った。牧師は直接にではあるが簡単に謝った。しかし、その人は教会が怖くて行けなくなってしまった。それから、彼は長く苦しむことになった。私は相談を受けた。『謝罪の研究ー釈明の心理とはたらき』(大渕憲一 東北大学出版会)を読んでいたので、教会員が謝ったことは謝罪の条件を満たしていないので教会に対して抗議した。また、牧師が謝ったのも謝罪の条件を満たしていないので抗議した。牧師に対しては、何に対して謝られたのかを文書で問いただした。以来、交渉を続けてきたが、いまだに相談者と向き合わない。それどころか、途中で相談者の病気を理由に、関りそのものを切る文書を送り付けてきた。この文書で、相談者の具合はさらに深刻化した。私はこの文書を病者への差別ではないかと文書で問いただしたが、それに対する謝罪もない。物事には謝れば済むものと済まないものがある。何に対して謝っているのかを明確化しなければ、あさっての方角を見て謝られているようなものである。誠意ある謝罪は被害者の心を打ち、心からの赦しを引き出すものである。しかし、言い逃れ、真相究明の回避のための謝罪は被害者を苦しめる結果になる。周囲は謝っているのになぜ赦さないのとお節介な言葉を語りかけて、いっそう被害者を苦しめる。聖書から赦しの大切さを教える牧師が問題から逃げている。赦しを受けるには悔い改めが必要であると教えていないのか。他の教会にも言えるが、昨今の赦しの強制は聖書の教えに反する。心からの謝罪と償いのない形式的な「謝罪」は逃避の手段となっている。教会は何の解決力もない。そして、加害者を放置のしている。「不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える」と聖書に書いてある。
by maranatha | 2019-01-17 10:25 | 聖書

教会総会

教会役員会は総会の準備で忙しい。私たちの教会では、総会の一週間前の日曜日に、総会議案書を配布している。礼拝に参加した人は、その日に議案書を読むことができる。礼拝に参加しなかった人には、その日に郵送する。正会員は議案書を読んで総会に参加する。オブザーバーとして参加を希望する人には、当日に議案書を手渡す。議案書は持ち帰りはできない。持ち帰りができるのは正会員だけである。正会員は、礼拝に参加し、教会運営にために献金をしている人である。

総会議案書(案)

1号議案 2018年報告
     活動報告
     教勢報告
     決算報告
2号議案 2018年計画
     活動計画
     会計予算案
3号議案 2019年教会役員選出
4号議案 その他

毎年、教会の財産目録を議案書に加えている。すでに、正会員は教会規則、細則、冠婚葬祭費用規定、その他も持っている。教会は、透明性を心掛けている。

ここに特別なことを書いているわけではない。これが普通に民主的に教会運営をしている教会の状況である。教会員には正会員と別帳会員とがある。別帳会員は一年間礼拝に参加していない、もしくは、献金していない人である。教会員は礼拝に参加するだけではなく、教会の運営に参加している人でもある。

by maranatha | 2019-01-12 14:31 | 教会

移動の心得

ある時、仕事で四国に行くために空港行きのバスに乗った。ところが高速道路に入る前で「事故のため高速道路が渋滞です。出発場所に戻ります。お急ぎになられる方はJRか私鉄をご利用ください。」と案内があった。乗客はがっかりした。バスが戻り始め、ざわついて来た。乗客の中に何事だろうと戸惑っている外国人がいた。つたない英語で、アナウンスがわかりましたか、と聞くと、わかりません。高速道路の事故渋滞のためにバスが引き返しています、と伝えた。電車での空港へに行き方わかりますか、と言うと、わかりません。じゃあ、一緒に行きましょう、と誘った。重い荷物を持っての電車を乗り継いだ。それで案外と時間がかかってしまった。彼はジェット機に間に合った。私は数分の遅れで乗り遅れた。四国の相手先には遅れる理由を言って理解していただいた。出張の多い私はこれを機会にゆとりをもって空港に行くことにした。もう乗り遅れることはなくなった。しかし、関空、伊丹、神戸の三つの空港を利用していたため、何度か空港を間違えたことはあった。急いでタクシーを飛ばしたことがあった。大変な出費をしてしまった。それから間違わないようになった。空港へはゆとりをもって。行先は事前確認をする。
by maranatha | 2019-01-10 14:47 | 心理

ユダヤの誇張表現

「もし、右の目が、あなたをつまずかせるなら、えぐり出して、捨ててしまいなさい。からだの一部を失っても、からだの全体ゲヘナに投げ込まれるよりは、よいからです。もし、右の手があなたをつかずかせるなら、切って、捨ててしまいなさい。からだの一部を失っても、からだ全体ゲヘナに落ちるよりは、よいからです。」(マタイ5:29,30)この言葉を文字通り行った弟子はいない。これはユダヤの誇張表現である。ところが、「わたしのもとに来て、自分の父、母、子、兄弟、姉妹、その上じぶんのいのちまでも憎まない者は、わたしの弟子になることができません。自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることはできません。」(ルカ14:26,27)「そういうわけで、あなたがたはだれでも、自分の全財産を捨てないでは、わたしの弟子になることはできません。」(ルカ14:33)これも誇張表現であるが、カルト化した教会ではこれを文字通り行って家族を破壊することがある。これを聞いたペテロはどうしただろうか。誇張だとわかっているので、妻を捨てはしなかった。姑も捨てなかった。ガリラヤ湖で乗っていた船も網も捨てなかった。カルト化した教会ではユダヤの誇張表現を知らないで自分たちに都合の良い言葉は文字通り行わせ、都合の悪い言葉は語らないようにしている。これをご都合主義と言う。
by maranatha | 2019-01-10 13:29 | 聖書

控えたい言葉

ある会合で、親しい間柄でも「~してあげた」という言葉は控えましょう、という話をした。これは、良いと思うことを同意なしに相手にしていることで、関係を微妙に悪くする原因になる。食卓に毎日天ぷらが出されると、どんなに好物でも飽き飽きする。あげた、あげた、が続くと、してほしいと願ってもいない、と思ってしまう。上からの目線と同様に嫌われる原因となる。してあげている側は親切と思っているから始末に悪い。注意しにくいために、相手は気付かない。受ける側が段々気が重たくなる。~してあげた、を控えよう。
by maranatha | 2019-01-10 12:49 | 心理

伝道と宣教

福音派では「伝道する」と言う言葉をよく使う。使徒の働きでは、さぞやこの言葉が多くあると思いきや、一回もない。あるのは「伝道者」(21:8)だけである。そして、新約聖書中では他にエペソ4:11、Ⅱテモテ4:5に「伝道者」があるだけである。「伝道する」という言葉がないように「宣教する」と言う言葉もない。「宣教」もしくは「宣教者」と言う言葉はある。普段に使用している言葉が聖書からではないのは意外である。福音派では、一般に「伝道」「伝道する」はまだイエスをキリストと信じていない人に福音を伝えることで、「宣教」は教会の諸々の働きに使用することが多い。ちなみに、「牧師」(エペソ4:11)も聖書中に一回で、私たちが日常的に使っている「牧師」と同じとは言えない。
by maranatha | 2019-01-07 18:52 | 聖書

託麻原で合戦

村上家の墓は「戦場ヶ原」にある。南北朝時代に詫麻原で合戦があった。この合戦では「菊池勢2万余騎と今川勢6万余騎が戦ったと言われていますが、その死者は双方合わせて8万千余人とも伝えられています。」おそらく、その時に葬られたと思われるが、この一帯には死者が甕に納められて埋められている。新しい道路が出来たり、宅地造成などで、甕がよく出土する。最近、私の家の隣からも甕が出た。また、詫麻原には縄文時代、弥生時代、古墳時代、奈良時代、平安時代、鎌倉時代の遺跡が至る所にある。子供の頃はそんなことを全く知らないで遊び回っていた。

引用

https://www.city.kikuchi.lg.jp/q/aview/314/7833.html


by maranatha | 2019-01-05 21:50 | 故郷

切り開く

21歳の時に統一教会を脱会した。当時、私の知る限りでは入会式、洗礼、会員の登録などなかった。今までもそんなことは聞いたことがない。だから、脱会とは自分でそこを離れるに過ぎない。私は統一教会に3月間通った程度であるが、脱会する前はアーケード街で勧誘したり、黒板講義をしていた。その頃は随分と両親に心配をかけた。

脱会後、キリスト教徒になった。信徒の頃は証をして、統一教会に入信中の人に語ったりして、脱会を促したりした。牧師になってからは脱会活動、やがて脱会カウンセリングに取り組んだ。当時はこのような活動をする人は数人だった。やがてオウム真理教に入信した子供のカウンセリングを依頼されるようになった。このような活動をする人もわずかであった。それからキリスト教のカルト化した信徒のカウンセリングを依頼されるようになった。この働きもわずかであった。振り返ってみれば、3つの働きのパイオニアとなったわけである。

3つに共通する働きは、惑わされている人を目覚めさせることである。今では一般的に使われるようになったマインドコントロールを解く働きである。入信の動機は良いことであることが多く、それを否定しないことである。異端やカルトだからと言って全否定しないことである。そのようなことをしても何の説得にもカウンセリングにもならない。動機よりも、団体の目的のためには手段を択ばない活動に目を向けさせ、動機から逸れているのではないかと問いかけて、疑問を持つように持って行くことが肝心である。難しい問答をして論破することは賢いようで賢くない。大切なのは論争ではなく、対話に持って行くことである。

by maranatha | 2019-01-04 08:41 | マインドコントロール
宗教問題