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村上 密 Blog

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機能不全

私は代理人としてある宗教法人の包括団体と交渉を試みた。団体の責任役員会は、交渉には応じないと応えてきた。以前、その団体とは代理人として交渉したことがあった。その時は代理人として対応してくれた。それも責任役員が2人交渉役となって話に何回も応じてくれた。その件は、その団体の前代表役員が前任の教会で起こした問題で被害者と被害に遭った教会への謝罪と償いで済ませることにした。ただし、被害者は償いを受け取らなかった。誠意を感じなかったからである。教会は謝罪と償いを受け取った。ところが今回は代理人としての交渉に応じない。何が違うのか。それは前代表役員の問題ではなく、今回は現責任役員会の問題だからである。任期満了まで責任を取るような結果を招きたくないわけである。その後、その団体のいろいろな問題が耳に飛び込んできた。責任役員会が機能不全に陥っていると思われる。団体の誕生、形成期、発展期、衰退期があるとすれば、もはや衰退期を迎えている。自浄作用がなければ、団体は自壊していく。かつてはその団体は名誉ある地位を占めていた。しかし、今や見る影もない。そのような団体らしく、責任役員会はもはや規則と法によって務めを果たすのではなく、自分たちの思惑で何事も判断しているわけである。
by maranatha | 2019-05-24 09:01 | 教会

トラバーチン

新都心のあるホテルのレストランで友人夫婦と食事をすることがある。そのホテルの床と階段の手すりの部分にはトラバーチンが使われてある。ある時、おもしろい形の貝の化石を見つけた。床には螺旋形の巻貝の断面、それから、手すりの部分にハート形の二枚貝の断面を見つけた。いろいろ探せばあるもので、係の人に伝えたら、長く勤めているけれども気づきもしませんでした、と返事があった。彼らは化石の上で毎日仕事をしていることになる。その後、何度か化石の話に花が咲いた。トラバーチンは国会議事堂にも使われてある。
by maranatha | 2019-05-23 22:04 | 沖縄

石拾い

朝日海岸で拾った石をいつもお世話になっている保育園にプレゼントすることにした。沖縄ではあまり色々な石を見かけない。それで、拾っているときに思い立ち、子供の手で握れる手ごろな石を拾い集めた。集めているとき、子供たちの喜ぶ姿が目に浮かんだ。以前、会津若松で拾い集めた紅葉を子供たちに持ってきたことがある。その時、子供たちがとても喜んでくれたことを、石を拾っているときに思い出した。
by maranatha | 2019-05-23 10:06 | 自然

名前はいつかわかる

委任者と代理人との関係は、委任者ができないことを代理人に委任するわけだが、代理人は委任者からの情報が十分でないと解決に持っていけない。今まで解決に時間がかかったのは、委任者が名前を明かさないで解決してほしいとの依頼だ。その場合は、取り組む中で別の問題が浮上してきて、別の被害者が委任者となって問題解決に至るケースがあった。基本は委任者は実名で委任状を出し、相手が代理人だとわかるように委任状を見せるように要求された時、その書面を見せるわけである。警察でも実名で訴えなければ警察は訴えを扱ってはくれない。警察に実名を教えてほしいと言っても警察は伝えることはない。しかし、裁判では公開されているので、知ろうとしたい場合はだれでも知ることができる。芸能人が裁判で被害を訴えた。芸名で訴えるわけではない。芸能人が実名を出したくなくても、民事訴訟では原告は名前を出さずに訴えることはできない。それで、裁判に提出された書面を見れば実名はわかる。裁判に出た名前は公にできる。なぜなら、裁判は公開されているからだ。裁判で訴える場合は、匿名や芸名やハンドルネームで名前を隠すことはできない。ただし住所を伏せることはできる。弁護士事務所宛にしておけばよい。


by maranatha | 2019-05-22 23:44 | 裁判

北海道地震

4月下旬、ある大会に参加するために北海道大学を訪れた。学内には雪が解けないままだった。新千歳空港に着陸態勢のアナウンスがあったので窓の外を見下ろした。胆振地方の崩れた山々が見えた。その風景が瞼に焼き付いたままである。写真やTVでは切り取られた映像だが、ジェット機から見下ろす風景は全景である。北海道の友人は地震で停電になったことが大変だったと言っていた。
by maranatha | 2019-05-20 22:10 | 自然

ルーツ

アカハラのことを「故郷の春」で取り上げた。私の5代前は谷嵐直三郎で相撲の行司で親方で力士であった。直三郎の大きな墓石には、門下の力士名がたくさん刻まれている。この墓石は力士たちが木山町から担いで運んだと伝えられている。この直三郎には子がなく、柳田家から養子を迎えた。それが寅太郎である。以前、この寅太郎の名前を神社の日露戦争の碑で見つけた。子供のころ、柳田家は遠い親戚、と聞いていたが、その頃はなぜか分からなかったが寅太郎続きだということが今はわかる。おそらく、寅太郎は村上家から柳田家に嫁いだ娘がいて、その嫁いだ娘が生んだ子を養子に迎えたと思われる。昔は財産が失われないように養子を迎えるのは親戚関係が多かったからだ。祖父から先祖がかなりの土地を持っていたことを聞いたことがある。しかし、直三郎が土地を切り売りしながら力士を養っためにかなり減った。それでも一家を養う土地と山は残った。白亜紀の山の南側を流れる山水を筧で引いて村の人々は生活してきた。古くから住んでいる人々で多い姓は、村上、柳田、今村、寺本、寺村、馬場、宮原、小平である。馬場は母の旧姓、小平は父の母の姉妹が嫁いだ先。柳田から母の従弟が嫁を迎えている。アカハラに戻ろう。このアカハラが住んで居そうな水の湧く場所が4代前の寅太郎の家があった場所の上の段だった。おそらく、寅太郎が産湯を使ったのはこの水、飲んだ水もこの水と思われ、先立つものはないが、買えるものなら買いたいと思った。ルーツは子供たちにも伝えているが文字にしないと忘れられてしまうので書くことにした。
by maranatha | 2019-05-20 17:38 | 故郷

幼いころ、母の実家に遊びに行くと、水道もあったが、まだ筧を現役で使っていた。ふろ水に、足洗いに、野菜を冷やすのに使っていた。もちろん飲み水としても大きな水がめに入れて利用していた。絶えず、台所の水場は水が流れていた。叔父が夏場はスイカを冷やして、ふるまってくれた。子供心にどこから水が流れて来るのか、筧をたどって山道を少し上った。そこには水が湧くところがあった。その近くには、沖縄の方が疎開して、そのまま住み着かれた方の家があった。その家も同じところから水を引いておられた。何家族かお寺に疎開しておられた時は、3月に故郷に帰ったとき叔母が、もらい湯に来ておんなさったとたい、言っていた。「来ておんなさったとたい」は丁寧な熊本弁で標準語は「来ておられました」。京都弁だと「来ておいやした」かな。お寺に住んでいた同じ年頃の子と一緒に学校にも行っていたそうだ。私は毎月沖縄に出掛けているが、母方が沖縄の方々と交流があったことを知り、縁とは不思議なものだと思った。
by maranatha | 2019-05-19 20:27 | 故郷

悪い想定は呪いの一種

悪い想定を何度も他人に語るのは呪いか。呪いの一種である。心配性の人には悪影響が出ることもある。なぜなら、普段でも心配事に向き合っているからだ。自分からではなく、他人から悪い想定を何度も聞かされたら、たまったものではない。毎日心配して生きているのに、他人がつらい重荷を意図的に負わせるからである。あなたは不幸な目に遭う。あなたは早く死ぬ。あなたは必ずひどい病気になる。あなたは交通事故に遭う。何度も悪い想定を個人に向かって言い続けると、言っている人から人が去る。聞きたくないからである。いつかその呪いが自分に向けられるかもしれないと人は恐れる。そのような言葉を語る人と誰が一緒に居ようと思うだろうか。このような呪いを語り続ける人は、自分の上の災いを招くことになる。聖書の神は人を呪ってはならないと教えておられるからである。自称預言者の悪い想定にも気を付けよう。恐れてはならない。恐れると保たれていた平安が崩れる。恐れを持って精神的に人を上においてはならない。支配されることになるからである。
by maranatha | 2019-05-18 20:35 | 心理

牧師が解釈を独占

今日「解釈を牧師が独占」と「牧師が解釈を独占」を検索したら、上位3件が同じく村上密ブログの記事だった。一部を抜粋してみた。このような表現はほかに検索の結果が出なかった。どうやら2014年6月9日の記事が、今まであまり表現されてこなかった言葉で、教会のカルト化に警鐘を鳴らし始めたことになる。

1、「教会のカルト化の一因」2日前「聖職者が解釈独占してきたことは否めない。それは信徒が解釈の学びを自ら取り組むことが少ないからである。間違った解釈が教会の中に入らないように目を配るのが牧師だけであることは危うい。」(一部抜粋)

2、「権威について」2018年3月23日
問題は、聖書の解釈を牧師が独占していることである。情報を遮断し、牧師の解釈だけが正しいと信じ込まされている。組織神学も解釈学も十分に学んでいない牧師が権威を振り回し、服従を強制する。なぜ権威を強調するのか。」(一部抜粋)

3、「すり替える」2014年6月9日
「 問題は、聖書の解釈を牧師が独占していることです。情報を遮断し、牧師の解釈だけが正しいと信じ込まされています。組織神学も解釈学も十分に学んでいない牧師が権威を振り回し、服従を強制します。なぜ権威を強調するのでしょうか。」(一部抜粋)

他に村上密ブログを調べてみると「牧師の神格化」(2016年8月19日)の中に以下のような記事があるところが、カルト化教会の牧師は、自分の解釈を権威化し、自教会を権威化し、牧師自身を権威化した。これでは、教皇の権威に対して聖書の権威を主張したプロテスタントが、宗教改革の精神を失っていることになる。」

参考:村上密ブログのカテゴリー「権威」

by maranatha | 2019-05-17 23:42 | 聖書解釈

そっとしておこう

車での通りがかりに、青年をコーヒーショップでときどき見かけた。仕事を辞めて、次の仕事を捜している時だった。知り合いなので、車を止めて声をかけてもいいが、何度も通り過ぎた。私には、鳥が羽を休める枝のように思えたからである。時が来たら飛び立つ(仕事に就く)。それまではくつろぐときも必要だ。今は飛び回っている。


by maranatha | 2019-05-17 18:26 | 心理
宗教問題