人気ブログランキング |
ブログトップ

村上 密 Blog

<   2019年 06月 ( 24 )   > この月の画像一覧

著作権侵害をどう償うか

ある宗教団体の著作権侵害を調べている。今日、その団体のホームページを検索した。スタッフの名前と写真が削除されていた。テキスト(表紙だけを変えて内容は他社出版物と同じ)を10年間で20冊近く出版しているようだ。団体内部には書作権侵害を知っていると思われる人物たちもいる。そのような中で10年間、著作権侵害が続けられてきた。運営に参加している人々で、もし出版に関わっている人々がいたら共犯となる。知らなくても団体名で出版しているので、団体関係者の中には、罪を免れることはできない人々が出て来るはずである。スタッフの写真は削除することができても、罪を削除することはできない。責任者はテキストは処分したと言った。しかし、すでに販売されたテキストを買わされた人が、テキストを返品するから代金を返してほしい、と請求されたら道義的には返さなければならない。もし、返さないならば、民事訴訟で損害賠償請求をされることも考えられる。集団訴訟ともなれば、ニュースにもなり、損害賠償金は多くなる。参加費には部分的な返金はあるのだろうか。いずれにしても、責任者と関係者が刑事訴訟で有罪判決を受けたら、宗教団体として難しい立場に立たされることになる。県庁の宗教担当係に通報されてたら、宗教法人を取ろうとするときに厳しくなる。税務署に税金が納められていなかったら、追徴課税を課せられるだろう。知らなくても二重三重に罪を犯していることになる。責任者の赴任後にセミナーが開始されているので、責任者の罪は重い。私はこの宗教団体が全体会議を開催し、セミナーとテキストが用いられて収益が出た集会等の収支報告がなされ、損害に対する償いをして、責任者と関係者が著作権侵害の責任を取って辞任し、宗教団体の構成員が健全化を図るように通り組むならば、寛容に対処したいとも考えている。ブログを読んでいる責任者と関係者の出方次第である。団体の名称、責任者、関係者の名前を出すことは控えた。具体的な日時も書くことを控えた。「ようだ」「ならば」は推定と仮定であり、話し合いを求めて来れば明確になり、より具体的な解決に向かって歩むことができる。

by maranatha | 2019-06-19 23:29 | クリスチャンセンターJ's Table

著作権侵害

著作権等の侵害等に係る刑事罰は親告罪だったが、「TPP関連法案国会審議」に基づき、非親告化規定が2018年12月30日から施行された。当事者同士が和解した場合、民事訴訟はないが、著作権侵害を知った第三者による告発や捜査機関の判断によっては現行犯逮捕、証拠物件の押収などは可能となる。

私はあるセミナーに参加した。テキスト代は3000円だった。テキストの内容がある人の見解に類似しているので、帰宅してから調べた。内容はそのままそっくりである。表紙を取り換え、著者名は無し、出版はセミナー講師の所属する宗教団体になっていた。これはりっぱな著作権侵害である。私はこの件を侵害されている団体に伝えた。そして、侵害している人と顔を合わせて話す機会があった。著作権侵害された団体に対しては謝罪したが、発見者の私には謝罪もない。むしろ感情的な発言をしてきた。どうも、私が被害者であることに気付いていない。私はセミナー会場に入る前に受付で名前を書き、テキストを購入した。中身は会場に入ってから読んだ。著作権侵害のテキストを購入させられたわけである。この場合、気づいたのでテキスト代返還を申し出ることができる。そして、著作権侵害に気付いたものとして告発することができる。さらに、このことをセミナー参加者である被害者に知らせて、集団訴訟を起こすこともできる。著作権侵害された団体は長年にわたって被害を受けていて、損害はかなりの額になる。私はテキスト代3000円と参加費用6000円であるが、加害者被害者の話し合いがどのようになろうと、私は告発することができる。長年にわたる著作権侵害による被害額と長年続いているセミナー参加者のテキスト代金の総額は半端ではない。セミナー講師、セミナー講師の所属する宗教団体、著者人と発行者をここには書かない。被害者と加害者の話し合いの内容については触れない。私は話し合いに被害者としても参加している。被害者として知りえたことを法律の範囲の中で、被害を受けていているのにまだそれに気づいていない人に被害を知らせることができる。

by maranatha | 2019-06-18 11:01 | クリスチャンセンターJ's Table

矛盾

原告が横浜地裁に訴えた平成30年(ワ)第1955号インターネットを介した嫌がらせに対する損害賠償等請求申立事件で提出した甲37号証を読んだときには驚いた。なぜなら、個人のプライバシーを侵害されることを嫌う人が、誰にも知られたくない個人情報を提出していたからだ。私はこの件を守秘義務があるので誰にも語っていないが、原告本人が曝している。裁判記録は手続きさえすれば誰でも見ることができる。これは矛盾ではないか。守ろうとしていることを自分が曝している。
by maranatha | 2019-06-14 18:38 | 裁判

訴訟への備え

私は、統一教会(現・家庭連合)問題を長年取り組み、霊感商法の被害者を弁護士に紹介してきた。当然、被害者は、裁判に訴え、勝訴してきた。私は統一教会にとっては目の上のたん瘤のような存在で、目の敵にされてきた。しかし、一度も訴えられたことがない。彼らには顧問弁護士もいる。私が刑事・民事に抵触ようなことをすれば、この時とばかりに訴訟に持って行くはずである。しかし、訴えるようなことはなかった。その他、多くの諸宗教の問題も扱ってきた。そのような団体からも訴えられたことはない。昨年、五次元スクールから刑事告発を受けたが不起訴となった。そして、昨年、個人から初めて民事で訴えられた。事件番号は平成30年(ワ)第1955号インターネットを介した嫌がらせに対する損害賠償等請求事件である。原告は、「サイバーカルト監視機構」なるものがあると言って、工作員たちによって自分が攻撃されてきたと言っている。どうも、私がその機構の一員であるように思っている。存在しないものを存在しているかのように思い込み、被害に遭っていると訴えてきた。原告の訴えは私に関しては何一つ通らなかった。原告の敗訴である。なぜ、長年裁判をされずにこれたのか。それは、宗教問題で弁護士と知り合いになり、関連の本を読み、法に触れないように心掛けてきたからである。これからは、法に触れないと思っていることと法に触れないことを明確に区別できるようにしていきたい。
by maranatha | 2019-06-14 18:01 | 裁判

ペンテコステ派の信仰継承

ペンテコステの日に洗礼を受けた二人のうちの一人は少年と伝えた。この子の母はクリスチャン、その両親もクリスチャン、その母方の両親もクリスチャン、その母方の方の両親もクリスチャンである。少年はクリスチャン5代目である。初代は、ペンテコステ信仰を最初に伝えた宣教師によってごく初期に救われた。以来、ペンテコステの信仰が受け継がれてきた。ペンテコステの日に洗礼を受けたのは、この日が洗礼を受ける双方のタイミングがあったからに過ぎない。しかし、日が経つと意義深い日に受けたことになる。おそらく、ペンテコステ派ではやっと5代目が出始めた頃だろう。教会には、いろいろな家庭のクリスチャン4代目、3代目、2代目、初代が集っている。教会は信仰を継承するには助けになる。
by maranatha | 2019-06-12 17:07 | 教会

共に歩く

昨日はペンテコステの日。2名が教会で洗礼を受けた。一人は壮年、もう一人は少年である。壮年の方は、スピリチュアル系団体に家族を破壊されて、相談のために教会に6年通い続けた。まだ本人が望んでいるような解決はない。大変な中、教会の人々が支えてくれたと証していた。もし、教会が受け入れ、相談に乗っていなければどのようになったか。本人がそのことをよくわかっている。凄まじい体験を聞いた教会員たちもそれが理解できた。何でも思い通りに解決するわけではない。6年間、教会のいろんな人が耳を傾け、声をかけ、支えてくれた。理解して共に歩いてくれる人たちがいたので通い続けることができた。彼はまだ団体の残っている家族が救われることを祈り願っている。
by maranatha | 2019-06-10 19:16 | 教会

ワックスがけ

今日は、朝9時から、教会のワックスがけだった。教会堂を建てて何年間かは専門の業者に依頼していた。そのうち、ポリシャーを購入して床を洗い、教職と信徒と協力して、年に2回ワックスがけをするようになった。今日取り組んだのは、礼拝堂、集会室、事務室、和室、応接室、台所、玄関ホール、玄関、手がそろっていたので、花壇の整理、 外回り、排水溝の清掃 、 ストーブを仕舞い、扇風機を出した。結構な運動量である。昼は教会から弁当が出るので一緒にいただいた。午前と午後にはおやつと飲み物も用意してある。

ワックスがけは以下のような手順で行う。
1、必要なものを事前に用意しておく。
2、ワックスをかけるところにあるものを移す。
3、ポリシャーで洗う。
4、ふき取りと清め拭き。
5、乾いたらワックスがけ。
6、移したものを元に戻す。

by maranatha | 2019-06-08 22:50 | 教会

何が大切であるか

遠い親戚に医師をしている人がいる。彼は牧師になった。理由は、患者がいやされても、また病み、やがては亡くなる。人にとって医療も必要だが、魂へのケア、そして福音が必要ではないかと考えたからである。本当に必要なことを追い求めた結果、医師と牧師を兼務している。

私は宗教の中で傷ついた人の相談を長年取り組んできた。解決しても解決しても次々と相談が舞い込んでくる。また、解決しても同じ相談者から別の相談くることもある。もし解決が目的だったら成功か失敗という考え方になってしまう。私は解決が目的ではなく、耳を傾けともに歩くことが相談者にとって大切ではないかと考えている。そこには成功も失敗もない。助け合いながらともに歩くわけであるから、精神的な負担が減る。軛をともに負う関係である。

by maranatha | 2019-06-04 17:27 | 宗教トラブル相談

裁判ではなく、話し合いで

仙台空港で、搭乗まで時間があるので、ブログを書いている。教会からひどい対応を受けてすっかり精神的にダメージを受けた相談者を慰め励ますために、昨日仙台に来た。相談者の家で昨日今日とお茶や食事を交えながら今後の事を話し合った。帰ったら、預かった資料を読み、簡潔な文書を作成し、この問題に協力してくださるであろう方々に文書とアンケートを郵送しようと考えている。教会はこの問題で代理人である私を交えて話し合うことをことごとく避けてきた。人権擁護局に相談し、話し合いを求めても応じなかった。ADR裁判外紛争解決手続き)で解決をと考えたが教会側の弁護士の文書に傷つき取り下げた。第三者委員会設置の要望も何の応答もない。この問題では最初から民事訴訟を考えないで来た。相談者の精神的な負担を考慮したからである。しかし、ここまで対応を避け続けられると、精神的な負担は裁判をしなかったより大きかったのでないかと思う。教会がここまで対応を避け続けるとは思いもしなかったからである。起きている問題を他の教会に知っていただき、自分たちの教会で同じことが起きた場合どう対応するかアンケートを取って、それを教会に送り、誠実な対応を求めようと思う。
by maranatha | 2019-06-04 17:12 | 教会

償い

なぜ、教会関係の民事訴訟で原告の損害賠償請求が判決で通った場合、何もそれに対して発言しない人が、裁判ではなく、教会内で問題解決をし、償いを要求するとき、なせ赦しなさいで終わらせようとするのだろうか。経済的な被害を相手に与えた加害者に対して償いを求めることは正当であるのにどうして非難するのだろうか。私は損害賠償と言う用語を使うときは裁判で取り組むときに使う。教会内で解決するときは償いと言う用語を使う。ザアカイはイエスに出会い、回心した。悔い改めた証に、貧しい人々に財産の半分を、だまし取った人へは4倍にして返すことを表明した。だまし取った人には2倍にして返せばいいのだが、ザアカイは4倍を返すと言った。悔い改めた人が損害を与えていて、ごめんなさいで済ませようとし、牧師が被害者に赦してあげなさいで済ませるのは、あるべき姿ではない。イエスはザアカイの言葉を聞いて、そんなにしなくていいよ、とは言われなかった。町の人に、ザアカイを赦してあげなさい、とも言われなかった。被害を与えた人に弁償することは当然のことである。何でも、赦しなさいで物事を解決しようとしてはいないか。それが、教会内に不公平な扱いを広めていることになぜ気付かないのか。
by maranatha | 2019-06-04 16:49 | 聖句の誤用
宗教問題