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村上 密 Blog

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一服

やっと、ある文書を書き終えた。4月頃から、取り組まなけれなければと思い、5年間に渡る10cm程積みあがった資料に目を通してきた。時系列にまとめた方が第三者はわかりやすいだろうか。重点的に出来事を書いた方がわかりやすいだろうか。思案しながら、折衷案みたいな文書が出来上がった。A4の用紙に6枚である。5386文字に約4か月を費やした。今は8月であるがこれは今年前半の一区切りとなった。12月までには、講演した内容を文書にして提出しなければならないが、録音を文書にすることがありましたらと申し出てくださった方がおられるので、協力していただくことにする。それを話し言葉から書き言葉に置き換えて提出すればと思っている。原稿を提出すればよいことであるが、講演の当日、メガネを忘れてしまった。私は乱視でその日の行きも帰りも講演の時も文字を読むことができない状態だった。書いた原稿を読むような講演ではなく、頭の中にある原稿を用いたので、用意していた原稿を出すわけにはいかない。
by maranatha | 2019-08-09 14:43 | 心理

父と母を敬え

父と母を敬えを取り組んでいる人がいる。どんなに尊敬できないような父と母であっても、聖書に書いてあるからと言って取り組んでいる。父と母を敬えは旧約聖書の出エジプト記に出て来る。この書全体を読むと、また、旧約聖書の歴史を読むと、父と母を敬えが無条件に語られているわけではないことを教えられる。偶像礼拝をする父と母を敬えとは聖書に書いてない。信仰共同体であるイスラエルにおいて、信仰は大前提である。その大前提を理解しないで、ただ書いてあるかと言って現代にそのまま行ったら、その言葉に苦しめられる結果にならないだろうか。一節ではなく、文脈で理解する。文脈で理解できなかったら、全体から理解するように努めることが大切である。
by maranatha | 2019-08-09 14:18 | 聖書

海外旅行

牧師になったとき、海外旅行のために教会を留守にしないように決めた。海外に行くのは仕事だけ、と決めた。3年後に、結婚するとき、一緒に海外旅行はできないので了解してほしい、と妻に言った。海外に一緒に出掛けたのは何回かで仕事ついでだった。妻がひとりであるいは子供たちと海外に出かけることをとめはしない。これは私の決めたことである。いつか自己決断で定年(私が属する教団には定年がない)するとき、この決め事は無効となる。私は、牧師を群れを持つ教師、と定義している。羊の群れを野原において海外旅行する羊飼いはいないだろう。ただし、旅行の時に、代わりに羊の世話をしてくれる人がいれば、その限りではない。複数牧会をしている教会は、牧師が教会を留守にすることは柔軟にできる。複数牧会をしてきたので、仕事で教会を留守にすることは多かった。しかし、海外旅行はしない。先月、仕事で海外に出かけた。行って、用事を済ませて、帰ってきた。見たのは、生き返りの景色である。
by maranatha | 2019-08-09 13:49 | 牧師

牧師の優先事項

いつ召されるか分からない方の件で待機をしていたが、どうやら持ち直された。ただ、猛暑が続いていることと、高齢であることを考慮して、待機を維持している。8月後半から出張が続いているが、出張先での礼拝の奉仕の他は、キャンセルして葬儀の司式をするために駆けつける予定である。牧師になるとき、両親に言ったことがある。もし、父や母の葬儀が日曜になる場合、私は礼拝を休んで参加することはできない。しかし、礼拝の後、その他の日であるならば、どんなに遠くにいても駆けつける、と伝えている。今回のケースも、日曜日は告別式の司式はできないと伝えて、了解を取っている。なぜ、そんなに礼拝にこだわるのか。それは、礼拝が両親の葬儀よりも私の優先事項だからである。両親も、そのことを理解してくれていた。父が召された時、父は日曜日を外してくれた。兄が父の危篤を電話で知らせてくれた時、私は妻に式文、式服、喪服一式を持って後から来てくれと告げ、すぐに家を出て、ジェット機で父のもとに急いだ。私が病院に到着したときは、父は蘇生した後だった。やがて、また心臓が停止した。その後、妻と子供たちが病院に到着した。私はもう父の命が持たないだろうと思い、おとうさん、僕の神様はお父さんの神様だよね。おとうさんは、僕がどのようにして歩んできたかよく知っているよね。僕の神様を信じてほしい、と信仰の決断をせまった。父はもう声を出せない状態だったので、目に涙を浮かばせ、うなづいてくれた。僕は牧師だ。葬儀に司式は僕に任せてくれるかい、と申し出だ。父がうなづいて同意した。家族親戚が同席していたので、キリスト教式の葬儀委に反対する人はいなかった。私の里で初めてのキリスト教式に葬儀が行われた。葬儀の後、叔父が私の葬儀の時もキリスト教式でしてほしいと頼んできた。後に、叔父はすい臓がんで召された。召される前、電話で密・・。密・・・。密・・俺はな・・・すい臓がんなんだ。おまえ、できるだけ早く俺のところに来てくれないか。お前に頼みたいことがある。私は、わかった。そして、日にちを告げて電話を切った。私は叔父のところに出掛けて、叔父と叔父の家族と昔のことなどを話し、笑い、泣き、時間を過ごした。叔父は、葬儀を以前言っていたようにキリスト教式で頼む。そして、家族の力になってくれ。私は、わかった。後のことは心配せんでもいい。しっかり治療に専念してほしいと言った。葬儀の後、叔父の日記が出てきた。駆けつけてきた日の前後では見違えるような内容だった。日々を感謝し、平穏な入院生活を過ごして、そして召された。余談だが、前夜式、告別式の時、私を見た人は、ギョッとし、あるいは飛び上がり、あるいは身を引き、驚いた。私が叔父によく似ていたので、なぜ、亡くなった人は目の前にいるのだと思ったのである。父や叔父は生前、義父が長年毎月送っている福音文書をよく読んでいた。父や叔父が信仰を持つ準備はすでになされていたのである。
by maranatha | 2019-08-09 13:14 | 牧師

待機

5日から4日間の夏季休暇で帰省する予定だったが、いつ召されるかわからない方の身内から連絡があり、帰省を取りやめた。いつ葬儀に出かけてもよいように式服に風を通し、式文、衣服を整えた。もしものことがあったらお願いします、と以前から依頼されていた。今日か今日かと待機していたが、昨晩少し持ち直したと連絡があった。それでも、かなり高齢の方のことなので、この夏はどこからでも駆けつけられるようにしていなければならない。遠隔地なので、駆けつけるにしても5時間はかかる。
by maranatha | 2019-08-07 22:03 | 牧師

この最も小さい者たち

マタイの福音書24章25章は再臨についての教えである。この教えは過越の祭りが始まる2日前に行われた。これから、十字架、復活、ペンテコステが続き、再臨となる。ペンテコステと再臨の間は随分と長い年月になる。再臨についての教えの最後に出てくる「この最も小さい者たち」とはだれだろうか。この最も小さい者たちを受け入れた人々には、祝福が約束されている。受け入れない人々には裁きが待っている。そうなると、この最も小さい者たちはイエスの教えを伝える人々となる。受け入れた人々は信仰者ということになる。この最も小さい者たちと関連する言葉として「この小さい者たち」(10:42)がある。この小さき者たちを受け入れる人々は、「わたしを人の前で認める者はみな、わたしも、天におられるわたしの父の前でその人を認めます。」(10:32)と書いてある。また、「あなたがたを受け入れる者は、わたしを受け入れるのです。また、わたしを受け入れる者は、わたしを遣わした方を受け入れるのです。」(10:40)とも書いてある。なぜ、この最も小さい者たちとかこの小さき者たちとか、イエスは弟子たちについて語られるのだろうか。それはマタイの福音書10章の弟子の心得を読むと理解できる。福音宣教において、おおよそ社会的に必要と思われるものをもたないように制限されて、神により頼んで生きていくように、受け入れてくれる人の好意に預かるように、低くされているからである。マタイの福音書20章には「あなたがたの間で偉くなりたい者は、みなに仕える者になりなさい・あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、あなたがたのしもべになりなさい。」(20:26,27)と書いてある。イエスの教えを伝える弟子は、このような姿勢で福音宣教に取り組まなければならない。小さき者としての自覚を失い、偉い者であるかのように、人の先に立っている者として振舞い始めたら、イエスの教えから反れているものとなる。福音を伝えている人たちを受け入れる人たちは気を付けて判断しなければならない。弟子はイエスの教えに忠実でなければならない。その教えに忠実である時、イエスの権威を帯びているのである。教えに反しているときに権威を帯びているのではない。職業として権威を帯びているのではない。その職務に忠実であるがゆえに権威を帯びているのである。小さい者ではあるが、イエスから委ねられた教えは小さくはない。パウロは自らを「私は使徒の中では最も小さい者」(1コリント15:9)と言い、サウロと言う名前をパウロ(小さい者)と名乗るようになった。使徒の働き13章では、アンテオケ教会から異邦人伝道に派遣されたとき、サウロからパウロと名称が変わっている。


by maranatha | 2019-08-05 18:32 | 聖書
宗教問題