人気ブログランキング |
ブログトップ

村上 密 Blog

<   2019年 11月 ( 29 )   > この月の画像一覧

悔い改めているのか

著作権侵害の件で東京の弁護士事務所に日帰りで行ってきた。クリスチャンセンターJ'sTableの仮役員たちが、被害者に送った報告書には、侵害した冊数を少なく報告したり、収支報告がなく、正直な悔い改めとは思えないために、今後の方針を協議してきた。当初、牧師が、私がしました、と言っていたが、そのほかにも関係者がいることが分かってきた。それは9名が辞任したことで明らかである。著作権侵害した冊数は10数冊が37冊になり、私の調べでは50冊近くである。収支報告は会計簿に基づいて収支が分かるはずであるが、明確な報告はない。これでは「聖書的」「専門家と相談している」とは思えない。牧師、副牧師、7名の役員がこの件で辞任したが、仮役員は4名となっている。9名が役員会構成であれば4名は役員会を開催して決議することはできない。何も考えているのか。とても専門家と相談しているとは思えない。これは日本のキリスト教会で最も著作権侵害したケースである。
by maranatha | 2019-11-30 22:15 | 教会

やがて火の粉が降りかかる

私は宗教法人法と教会規則に対しては少々やかましいと思われている。やかましいのではない。無視している人が多すぎるのである。まあまあで済ませる。目こぼしする。関係ないと逃げる。教会運営をしてくれていっればそれでいいではないか。何事もなく信仰生活ができれていればそれでいい。知らなかった。これは無責任である。いろいろなことが自分に直接関係がなくても、教会規則を無視する教会に所属していれば、やがてすべての教会員が不利益を被ることになる。ただ、それぞれに火の粉が降りかかる時間帯が違うだけである。
by maranatha | 2019-11-28 11:17 | 教会

教会規則の守る

神学生の時、宗教法人の学びがあった。こんなことを学ぶために神学校に来たわけではないと思った。聖書の学びをするためにと思っていた。牧師には福音を伝えることと間違った教えから教会員を守る働きがある。しかし、派遣された教会が宗教法人を取得していれば、都道府県庁から認証されている教会規則に基づいて教会を運営しなければならない。宗教法人法の目的は「宗教団体が、礼拝の施設その他の財産を所有し、これを維持運営し、その他その目的達成のための業務及び事業を運営することに資するため、宗教団体に法律上の能力を与えることを目的とする」と書いてある(第1条)。学んでいながら、このことの大切さを知るようになったのは、伝道師から牧師になった時ではない。宗教法人を取得している教会に派遣されてからである。新任牧師が宗教法人法に十分な理解がない場合は、宗教法人法と教会規則に精通した牧師がひとまず代表役員となって教会の運営を新任牧師に教えるべきである。教会規則を知らない教会員が多い。教会員は礼拝を守り、み言葉を聞くために教会に来ているのであって、教会規則を学ぶために教会に来ているのではないと思っている。それはそうであるが、所属する教会が宗教法人法第1条を遵守しているかどうかは教会員の信仰生活の安寧につながる大切なことである。教会のカルト化は教会規則を無視する代表役員(牧師)と責任役員によって引き起こされる。
by maranatha | 2019-11-28 11:07 | 教会

定数に満たない責任役員会は開催して議決することができない

ある相談者から所属する教会と牧師の状況を聞いた。責任役員会が本来あるべき定数の3分の2以下で行われている。責任役員会は責任役員定数の3分の2以上の出席がなければ、これを開催して議決することができない。規則を無視して行われている責任役員会の議決は教会員が無効を申し出れば無効である。このような教会運営をしている牧師は宗教法人の代表役員をする資格はない。また、責任役員たちも、規則を守らない牧師を正すこともしないので責任役員の資格がない。全員が即刻辞任すべきである。臨時教会総会は規則では、主任牧師の必要と認めたとき、あるいは責任役員の定数の3分の2以上の要請があったとき開催できる。しかし、牧師が教会を牛耳り、責任役員会は何も反論できない状況で、ましてや定数にも満ちていないわけであるから、決議そのものができない。これでは包括宗教団体が戒規規程で動くしかない。包括団体がこのような状況を把握できないでいるか、放置している場合は、包括団体自体の責任が問われることになる。このような教会に於いて不利益を被った場合、信教の側面から裁判に訴えることはできないが、刑事や民事の側面から訴える事実があれば、確実に勝訴できる。
by maranatha | 2019-11-28 10:39 | 教会

翼がほしい

沖縄はまだまだ暖かい。蝶が舞い、藪にはメジロが飛び交う。長袖シャツを腕まくりで那覇発の便に搭乗した。13時過ぎに伊丹に到着したが、寒くてジャケットを着た。新聞を開くと北国や高い山々では雪の情報が掲載されている。13時の那覇は22℃、伊丹13℃、札幌はー3℃。蝶が舞う沖縄、紅葉の京都、雪の札幌。12月の第二週には喜多方だが、もう雪かもしれない。今年のクリスマスは12月21日東京ブランチでクリスマス礼拝、22日は沖縄ブランチでクリスマス礼拝。なんと早く時が過ぎていくことだろう。日本列島北から南へと飛び回っている。鳥のように翼がほしい。
by maranatha | 2019-11-27 18:03 | 自然

母が90を迎える。妻が誕生日カードに何か、書いてください、と手渡してきた。長生きしてください、とだけ書いた。妻がほかに何か書くことはないのですか、と尋ねたので、ない、と答えた。90歳、十分に長生きである。それでも、長く生きしてほしいと息子は思う。私も兄も妹も同じ気持ちで過ごしている。父が66歳で召された時、兄が、私が、妹が、おっかさん、おとっつあんの分まで長生きしてはいよ、と願った。願いが叶って90。父の火葬のとき、妹が母に、おっかさんがなくなったときゃ火葬にゃせん。塩漬けにするたい。母は妹に、そぎゃん、愛せんでよか。私が妹に、塩漬けより油漬けが長持ちすっと。私たち家族は悲しみも苦しみも深刻に話さない。父が召される前、おら、むらでいちばんしあわせもんたい、と何度も言っていた。だから、残った者たちは、おとっさんないちばんよかときなくなったたい、と言って慰め合った。あれから34年。母はやせて小さくなった。料理も作らなくなったが、私が帰れば、ぜんざいを今でも作る。おもさん、たべなっせ。おっかさん、もうそぎゃんたべれんようになった。そぎゃ~いわんにゃ、もっとたべなっせ。こんな会話をたびたび繰り返している。ありがたい。ありがたい。
by maranatha | 2019-11-22 17:47 | 故郷

横断歩道

人がめったに守らない交差点の横断歩道がある。私は珍しくこの横断歩道の信号が青になるのを待った。信号が青になったので渡り始めた。すると、向こう側の横断歩道を猫が渡り始めた。待っているのに気付かなかった。渡っている姿は堂々としていた。そこで一句。「吾輩に 倣え横断 危険なし 」 季語なしだが、なしは梨だから秋の季語にしておこう。
by maranatha | 2019-11-21 00:11 | 動物

訴訟前 一審 二審 1

「私ではなくキリスト」というブログがある。私を批判するために作られたブログである。2009年から長きにわたって批判を繰り返してきた。その中に「筆者は、10年以上前から、村上密の真の願いは、カルト化を防止するという名目で、自前の異端審問所を開設し、そこで無実の一般クリスチャンを魔女狩り・見世物裁判に引きずり出して辱めることにあると指摘して来た。」(11.16の記事より)とある。彼女はこのようなフィルターを通して私の行動と発言をことごとく批判してきた。さらに「筆者は2009年に、村上密がかつて提唱していた『カルト監視機構』の構想に、真っ向から異議を唱え、このような機構が設立されれば、キリスト教会には『カルト化を防止する』という口実で、密告が溢れ、やがて魔女狩り裁判が横行し、無実のキリスト教徒が異端者の濡れ衣を着せられて迫害されることになるだけで、カルト監視機構は、まるで秘密警察のように、何の権限も与えられていないのに各教会を調査するなどして、教会に対して君臨するようになるだろうと予告した。」(11.16)どこに、魔女狩り裁判が行われ、異端の濡れ衣を着せられ、迫害され、村上が君臨しているのだろうか。彼女の見る世界には魔女狩り裁判と異端の濡れ衣を着せられた人が溢れかえっているようだ。彼女は初めはブログで村上が「カルト監視機構」を作ったと言っていた。やがて「サイバーカルト監視機構」という名称で想像たくましく執拗に書き立てた。一審ではサイバーカルト監視機構」など取り上げもされずに敗訴した。結果に満足できないので控訴したが。その控訴審では一審での「サイバーカルト監視機構」の主張を取り下げ、「宗教トラブル相談センター」が実質「カルト監視機構」と主張してきた。9年間架空の「サイバーカルト監視機構」に費やした批判の記事は一体何だったのか。何の反省もなく、今度は「村上はカルト監視機構を設立しなかったが、その代わりとなる組織として、宗教トラブル相談センターを設置していた。そして、筆者がカルト監視機構に抱いた危惧は、ことごとく宗教トラブル相談センターの中で実現することとなったのである。」 (11.16)と架空の「サイバーカルト監視機構」を実際にある「宗教トラブル相談センター」置き換えている。

by maranatha | 2019-11-20 23:30 | 裁判

訴訟前 一審 二審 2

控訴審が10月16日に開かれ、15分程で結審となった。「 二審では、村上自身に裁きが下されることになる。」(5.17)と書いていたが、 思うように控訴審が運ばなかったっために「後、筆者の気が変わらないとの保証はないが、唐沢も村上の被害者であることを考慮し、唐沢への訴訟は見合わせることとし、村上には勝訴を確定判決として贈っておき、杉本には個人情報を書かないという約束を抜きに、筆者を提訴・告訴する可能性をあえて残したまま、示談するという選択肢も悪くない。」(11.16) と書いている。「村上には勝訴を確定判決として贈っておき」とまだ判決が出ていないのに、敗北宣言をしている。「村上には二審で不利な証拠が積み上がっている。一審の時と同じようにはならない。」(5.20)と言っておきながら、敗訴すると思うと、「勝訴確定を贈っておき」と主張を変えている。一体、彼女の訴訟は何だったのか。村上に勝訴をくれるために始めたのか。彼女が証拠と言って提出した資料と大変な量の準備書面は一審、二審で私に勝訴をくれるために書き上げたものだったのか。そんなことのために訴訟を起こしたわけではないはずである。おそらく、今後もブログを書き続け、訴訟を起こすだろう。なぜなら、それを神からの使命と思い込んでいるからである。
by maranatha | 2019-11-20 23:29 | 裁判

訴訟前 一審 二審 3

唐沢氏と私と関係があるとしきりに書き立てた時期がある。「悔い改めを拒否し、教会を分裂に導き、教会を冒涜して、滅びに向かう唐沢治と村上密と杉本徳久」(5.15)「この度、村上密が唐沢治を擁護するために、唐沢の陳述書をブログで公開したのであり、この二人が提携したのは、まさに必然の結果だったと言える。」(5.15)京都教会は重大な危機を迎えている。長澤牧師もいなくなり、次には必ず、村上密も失うことになる。この教会は、やがて壊滅的な打撃を受ける。唐沢になど関わっていれば、存続さえできなくなるだろう。悪いことは言わない、今のうちに筆者の忠告を聞き入れなさい。」(5.15)関係がないにもかかわらず、彼女の世界では唐沢氏と私はつながっており、「忠告を聞き入れないさい」と命令調で警告している。「唐沢などは、自分たちに共謀関係などあるはずがないと、筆者の論を嘲笑っていたが、今、村上が唐沢治の陳述書を公開している有様を見ても、その当時はなかったネットワークが、今、出来上がっている様子が分かるのである。」(5.16)唐沢氏がこのような発言をしていることを、私はこのブログで知った。それでも彼女はそれを無視して、唐沢氏と村上はつながっていると思っていたわけである。「村上も、唐沢も、自分のしたことの報いを受けるだろうと筆者は予測している。」(5.19)と言っていながら今度は「唐沢も村上の被害者であることを考慮し、唐沢への訴訟は見合わせる」(11.15) と書いている。「こうした霊的法則性が存在すればこそ、すでに杉本には敗訴と共に破滅が降りかかり、さらに、村上も二審で不利な立場に立たされることになり、唐沢にも同じ追及の手が及ぼうとしているのである。」(5.20)どんな霊的法則性だろうか。もともとなかったものをあると思い込ん追及すると勇んでいたに過ぎない。
by maranatha | 2019-11-20 23:27 | 裁判
宗教問題