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村上 密 Blog

信仰

大きな経済危機が起きたとき、回復には10年、20年とかかる。今起きているコロナ不況は1年で終わるものではない。教会の役員会は、教会資産を確認し、今年度予算以外に予想される収支に優先度をつけて心構えをしておく必要がある。予測には、一つではなく、最低、中間、最高の三つを用意する。京都教会はバブル崩壊後に教会堂を建てた。銀行から融資を受けて、返済計画を立てた。余裕をもって返済できる計画を立てたので、経済の変動に関係なく返済できた。無理な返済計画を立てていたら、途中で計画の見直しをしなければならなかっただろう。教会員に大きな負担をかけないように返済計画を立てたことがよかった。これは不況下の一例である。無理なことをしない。「信仰」という言葉を用いて「無理な冒険」をしないことである。本当の信仰とは、教会員に無理な負担をかけないことである。教会の働きに喜びをもって取り組む、これが信仰である。大変だ、大変だは負わされているから大変なのであって、信仰は大変だと言って心を騒がせない。深い確信、静かな前進がある。私は最近、支援の優先度の最も高い困難の中にある人々のために、月収の4か月分に相当する金額を寄付した。信仰の世界は引き算ではない。不思議をなされる神の手に己と己のものを委ねることである。
# by maranatha | 2020-04-04 12:50 | 信仰

教会が振るわれている

3月の経済状況が今までになく厳しい結果となった。この状態が3か月続けば会社が持たないと言われている。特に観光客を相手の商売は大きな打撃を受けている。コロナウィルス感染が終息しなければ、会社の倒産がドミノ倒しとなる。教会も例外ではない。外出の自粛で、礼拝参加者減、月定献金減、席上献金減となり、教会は貯えを取り崩して、月の目減り分を補わなければならない。いつまで持ちこたえられるか。今までと同じような献金は今後数年間は期待できない。なぜなら、これから教会員が不況のあおりを受けて、収入の減少に直面するからである。一番早く、影響を受けるのは賃貸で教会活動をしている教会である。もし、これまでのような献金額を強調したり、強要したりすれば、教会員は生活苦に陥ってしまい、教会を去ってしまいかねない。今までの収入の4割が減少しても。切り詰めれば生活は維持できると言われている。しかし、それ以上に減少すれば、大きな改善が必要とされている。賃貸から月4回の公共施設を借りるように変わらざるを得ない。教会員の収入が減少すれば、同じように牧師の収入も減少に応じる必要がでてくる。苦しみを共にする覚悟がなければ、不況の中で教会運営はできない。京都教会は土地建物は自前である。新会堂建築のために銀行から借入した建築資金は返済済みである。教会債も駐車場収益でもうすぐ完済できる。バブル崩壊、リーマンショックも乗り越えてきた。コロナ不況も乗り越える覚悟である。教会が振るわれている。振るわれて残るものが本当に必要なものである。振るわれて落としてはならないもの、それは信仰である。私たちは苦難の中で働かれる神と出会う。
# by maranatha | 2020-04-03 12:55 | 教会

元気な~

熊本の実家に電話をすることは年に数えるほどである。
母は耳が遠くなったが元気で過ごしている。
先日、久しぶりに電話をした。

おっかさんな元気な~。
元気たい。あんたは元気な~。
元気たい。ほかんもんは元気な。
みな元気たい。
こっちもみな元気よ。みなによろしく言っとといて。
わかった。あんたも気をつけて。
夏んにゃ~そっちに行っけんね。
ん、わかった。

私たちはあまり電話をしない。
長い話をしない。
これで何十年も過ごしてきた。



# by maranatha | 2020-04-03 10:59 | 故郷

仲よくなる

あるお宅を借りて定期的に祈祷会を持っている。その家には猫がいる。なかなか警戒心の強い猫で、家の人以外の人には近づかない。触ろうとしても逃げていく。ところが最近、逃げ回らなくなった。それどころか、手の甲を見せると、それを嗅ぎに来る。嗅いで安心するらしい。やっと受け入れてくれた。

ある家に犬がいる。見知らぬ人によく吠える。腰を下ろして手の甲を見せると、手の甲を嗅ぎに来た。安心したのか、吠えなくなった。再度訪問したとき、吠えてきた。さっそく手の甲を見せた。ほら、ぼくだよ。この間来ただろう、と呼び掛けて手の甲を見せた。すると手の甲を嗅ぎ安心したのだろう。吠えなくなった。

手の甲は、仲よくしよう、と受け留めるらしい。反対に拳や手を上げたりは攻撃される、と受け留めるらしい。動物に近づくとき、安心感を与えるようにやさしい声掛けを心がけている。それも心を込めて声掛けをする。

# by maranatha | 2020-04-03 10:41 | 動物

悔い改めた人を赦しなさい

ある著名な牧師が赦しなさいを強調していた。ところが最近、悔い改めた人を赦しなさい、と強調している。前者は無条件に赦すことを言っているように思えるが、何を赦すのかが判然としない。しかし、後者は、悔い改めた人を赦すのであって、無条件の赦しではない。赦しなさいが強調されると、人は無条件に赦すことを勧められていると思い込んでしまう。しかし、悔い改めた人をであれば、赦すべきかどうか迷っている人にとってわかりやすい。悔い改めていなければ、赦さなくてよいわけであるから、心は痛まない。これが無条件であったら、赦せない人は自分を責めて、その心の痛みが、他人から受けたものより深刻化してしまう。

悔い改めには、悔い改めている、という見せかけと真の悔い改めがある。見せかけは赦しを引き出す手段であって心からではない。真の悔い改めは、損害を与えていれば償いが伴う。見せかけの悔い改めの場合は償いを免れようとする。それで、偽りの悔い改めか真の悔い改めかを判断できる。口先だけの悔い改めの人を赦すことは人を変える力がない。偽りが通ると思い込ませ、罪を助長させることになる。

ある牧師が信徒に対してひどい対応をした。いろいろなやり取りがあった末、牧師は信徒に謝った。しかし、信徒はそれが釈然としない。私に相談があったので、私が何を謝ったのですかと問いただすと、謝ったのにそれ以上何を要求するのですか、と反論してきた。何に対してと聞いているので、何に対して謝ったのかを言えばよいのに、何をそれ以上要求するのですか、と返事があった。心からの謝罪であれば、信徒は赦す気持ちを持っていた。以後牧師は口をつぐみ、以後一切まともな対応しなくなった。それどころか、信徒を切り捨て始めた。そのことに一層信徒は傷つけられた。信徒は赦す気持ちを持っていた。牧師は自分の不始末を口先だけで片付けようとして心が伴っていなかったことを証明した。

# by maranatha | 2020-04-03 10:21 | 赦し

愛が試されている

今、自分と身近な人を守るために。
大丈夫だと思うで行動しない。大丈夫で行動する。
危険なところは避ける。危険だと思うところも避ける。
安全だと思うところも避ける。安全なところを選ぶ。
だろうで進まないで、確認をする。
不確実で判断しないで、確実で判断する。
備蓄は3日と言われたが、今は1週間と。
もしもの時は2週間必要と言われている。
そんなに備蓄はできない。
貯えのない状況で、もしものことが起きたら、
安いものでもよいから、保存食は必要だ。
その日の糧を、その日の働きで得ていたところに、
行動制限が通達された。
飢えないように支援活動が始まった。
この助け合いに参加している。
愛が試されている。
できることをする。できるだけのことをする。
ひとり生き残る方法ではなく、
共に生き残る方法を選ぼう。

# by maranatha | 2020-03-31 22:59

天職

4月か来ると私は65歳になる。父が召されたのは66歳で、私は39歳だった。あの時から、66歳は私の生きていく一つの区切りとなった。いろいろな役職は50歳から辞退してきた。最後についていた役職、教会の代表役員も60歳を目前にして返上した。それから、もっぱら取り組んできたのは宗教トラブル相談センターの働きだった。これは役職ではなく、私のしなければならない奉仕である。私は21歳の時に統一教会を脱会した。その後、宗教問題で苦しむ人々の相談を受けるようになり、今日に至っている。天職として取り組んできた。私が少年のころ、両親がお前は三日坊主だ、とよく言っていた。私はそれを聞くと、心の中で3日しか興味を引かないものしかないのか、とつぶやいていた。なんと44年間宗教トラブル相談を続けてきた。私を救ってくださった神に何も持ってお返しすべきか、返しきれるものではないが、一生を献げるしかないと、神に仕える道を歩み続けてきた。その中で、宗教問題の相談が21歳の時から始まった。三日で終わらないものを私は神から頂いた。
# by maranatha | 2020-03-29 22:56 | 宗教トラブル相談

『首都感染』 2

『首都感染』(高嶋哲夫/講談社文庫)をブログで取り上げたとき、私の頭の中には「武漢封鎖」があった。大きな都市が感染によって封鎖を余儀なくさせられることが起きるのだ、と思った。あれから、次々と都市封鎖が起きている。そして、東京が危機的な状況にあることが連日報道されている。Kindleストアの売れ筋ランキングで『首都感染』が39位になっている。おそらく販売されてから今が一番売れている時期かもしれない。書かれたことが現実味を持っているからだ。


# by maranatha | 2020-03-27 22:15

大切なこと

神学校で宗教法人法と教団規則を学んだ。その時はさほど重要とは思わなかった。必要を感じ始めたのは卒業して7年目だった。宗教法人を取得している教会に赴任になり、法務局や府庁とのやり取りが必要になったからだ。しっかり学ばなければと思ったのは神学校を卒業して13年目に教会堂建設に取り組むようになってからである。それまでは教会の問題を宗教法人と教会規則で取り扱うことは考えてもいなかった。法律や宗教法人法、規則などが本当に重要だ認識したのは2000年代に入ってからだった。神学校を卒業して約20年経っていた。福音を伝えるために神学校に入ったのであって、法律を学ぶ必要はないと思っていたら大間違いである。牧師が人の罪や問題を扱う仕事であるなら、法律も神学も大切である。牧師が教会で独裁的になっている教会では聖書に基づく解決はない。裁判に訴えて牧師の問題を裁かなければならない事態が起きるからである。教会員は教会運営を牧師任せにしてはならない。自ら神学も法律も少しずつでもよいので学ぶ方がよい。教会のカルト化を未然に防ぐ力となるからである。
# by maranatha | 2020-03-23 22:09 | 教会

相談はメールで

仕事で飛び回ることが多い。携帯もスマホも持っていない。連絡手段はパソコンである。宗教トラブルで相談される方は、メールアドレスkyoto.****@gmail.comにお願いしたい。4月から電話はもっとつながらなくなるからである。今時携帯もスマホも持っていないのかと言われそうだが、持っていたら仕事にならない。私の仕事は持っていない方が仕事になる。教会に電話があるが、私は教会の電話の近くにはいない。かけられてほとんどつながらない。自宅にも電話はあるが、これも同じようになかなかつながらない。4月からの相談はメールでお願いしたい。

注:****はmurakamiに

# by maranatha | 2020-03-22 08:13 | 宗教トラブル相談
宗教問題