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村上 密 Blog

統一教会

統一教会が、「拉致・監禁」キャンペーンをしています。関心のある方は、有田芳生の『酔醒漫録』
[補筆版]統一教会「拉致・監禁キャンペーンの大破錠」をご覧下さい。その他にも文鮮明の子どもが後継争いをしている情報も掲載されています。また、文鮮明の最近の精神状態を知ることもできます。統一教会の近況を知る貴重な「有田芳生blog」です。国会議員としてカルト対策に取り組んでいただければと思います。日本のカルト対策は欧米と比較して遅れていると霊感商法被害救済担当弁護士連絡会から指摘されています。
# by maranatha | 2010-10-23 21:14 | 統一教会

悪魔払い、悪霊払い

「霊の戦い」を提唱する人たちがいます。この人たちはクリスチャンの中から悪魔や悪霊の追い出しをしています。そのような対応を受けたクリスチャンが、心の病に至る事例が多発しています。真理は人を自由にするものです。しかし、「霊の戦い」は人を自由にするどころか、不自由にしています。「霊の戦い」が真理か間違いか、聖書から検証してみたいと思います。

「使徒の働き」にはクリスチャンの中から悪魔や悪霊を追い出している記事がありません。「使徒の働き」は教会の誕生と発展の歴史的記録です。イエス・キリストの教えを信じた人々が、その教えを実践した記録でもあります。その中に,クリスチャンの中から悪魔や悪霊を追い出した記事が一つもありません。

「霊の戦い」の提唱者は聖書の中にないことを実践していることになります。聖書にないのに教理を作ることはできません。聖書だけではなく、組織神学や教理の本の中には、クリスチャンの中から悪魔や悪霊を追い出すと言う教えはありません。このような教えは体験から作られたものです。体験があってもそれが正しいとは限りません。聖書によって吟味することが大切です。クリスチャンの体験が全て正しいわけではありません。体験が正しいのなら、異端で起きている体験も正しいことなります。体験を聖書啓示の上に置くことはできません。

「霊の戦い」の」提唱者は、聖書にない事を聖書的だと思い込み、クリスチャンの中から悪魔や悪霊を追い出していることになります。キリスト教文化と聖書の教えがしばしば違うことがありますが、このこともその一つです。「霊の戦い」はキリスト教文化のリニューアル版です。キリスト教文化が聖書的に正しいとは限りません。

悪魔は一人です。悪魔払いをする人は世界中にいます。悪魔は同時にいろいろなところに存在できません。それでも、悪魔払いをする人は、世界中で「悪魔よこの人から出て行け!」と叫んでいます。正解は同一時間において一つか全てが間違いです。確率から言うとほとんどが間違っていることを、多くの人が実践していることになります。

悪霊は多数存在します。だから、悪霊はクリスチャンの中に住むことができると主張します。クリスチャンの中に存在されるのは三位一体の神です。「その方は、真理の御霊です。・・・その方はあなたがたとともに住み」(ヨハネ14:17)「わたしの父はその人を愛し、わたしたちは(父と御子)はその人ところに来て、その人とともに住みます。」(ヨハネ14:23)この出来事は、使徒の働きの2章で起きました。聖霊降臨とも教会の誕生とも言われるところです。私たちがイエス・キリストを救い主と信じる時、神が内住されます。そのようなクリスチャンに悪魔や悪霊が神とともに内住できるかです。どうして聖なるお方が悪魔や悪霊を受け入れられるでしょうか。

「福音書」にはイエス・キリストが悪霊を追い出している記事がありますが、悪魔を人の中から追い出している記事はありません。また、弟子達が悪霊を追い出している記事はありますが、悪魔を人の中から追い出している記事はありません。「使徒の働き」も同様です。

私は、「教会成長」や「弟子訓練」、「霊の戦い」に影響されている人を見ているうちに、それは本当に聖書的に正しいだろうかと考えるようになりました。提唱している人が倫理的に間違いを犯す事例が目立つからです。それは個人的な問題で片付けてよいのでしょうか。教えの中に問題があるとは思いませんか。「教会成長」や「弟子訓練」、「霊の戦い」を実践している牧師が大勢います。私はこのようなムーヴメントには賛同しません。キリスト教文化や習慣が正しいとは限りません。読者も検証を心掛けましょう。私も正しいと思い込んでいる教えや解釈があるかもしれません。それを克服する為に学び続けています。気づいたことは人々にも分けていこうと思います。
# by maranatha | 2010-10-22 07:27 | 霊の戦い

洗礼

 洗礼はイエス・キリストを神の子、救い主と信じた人に授けます。信仰告白は、洗礼前です。洗礼後はありません。信仰告白を確認して、洗礼を授けます。洗礼の前には、洗礼講座があります。牧師は洗礼講座でその人の信仰の状態を判断していきます。他宗教や異端の教えをまだ信じている場合は洗礼を授けることはありません。教育的指導を条件に授けることもしません。
 ある教会では、異端を信じている人に牧師が洗礼を授けました。教育的指導と後付けで弁明をしたようですが、その後、その教会では同様の異端を信じる人が増えていきました。このような場合は教育的指導が本当か疑問です。人によっては、牧師が異端を容認をしているから、同じ異端を信じる人が増えると指摘しています。異端を信じたまま洗礼を受けた人が、所属する教会員に、その後異端を勧めると言う最悪のケースが起きました。
 単立で上記のことが起きたら大変です。教団の中で起きたら、その事実が過去に属していても、教団の執行部は事実調査をしなければなりません。事実調査の担当者が、穏便に問題を片付けたい場合、問題視した人を、事を荒立てしているかのように思う場合があるようです。このような公平でない判断が問題を長期化させます。事実が究明され、公開されるまで、問題を指摘した人は、洗礼を授けた牧師の友人や知人の牧師から冷たい目で見られます。その後、おおまかに問題が判明しても、人間関係を回復するのには時間がかかります。知らないで弁護した牧師が謝罪してくれば、心の傷も少しは癒されるでしょう。なかなかそういう人はいません。教団の自浄能力を疑う人が増えても当然です。
 異端信仰者に洗礼を授けた牧師が、依然として教職として留まる場合は、誰かの指導下に牧師を置き、再教育を施します。それを受けたくなければ、教団の教職を辞し、自主開拓と言う道があります。一からの開拓が経済的に困難と判断し、教会ごと教団を出ると言うケースは、そうあるわけではありません。どこかでそのようなケースがあれば、その教団は最終的に事実を公表しなければなりません。
 日本のキリスト教界の中に、外国から異端が導入されるケースが増えています。教会ごと押っ取られるケースもキリスト教系の新聞で報道されています。私は長く異端問題やカルト問題の相談を受けてきましたので、実例がたとえ少なくとも安心はしません。それは氷山の一角だからです。
 
# by maranatha | 2010-10-09 07:18

手をつなぐちいろばの会

 教会のカルト化の被害者と理解者が、「手をつなぐちいろばの会」を結成しました。カルト化の予防のための第1回セミナーは、「健全な信仰とは何か」です。開催日は10月10日、11日です。講師は、ウィリアム・ウッド師、パスカル・ズィヴィ-氏、村上密です。参加者も増えているようです。わたしは「間違いやすい聖書解釈」「権威主義について」です。村上密blogで少し書きました。ご覧下さい。
 セミナーはhttp://chirobanokai.web.fc2.com/を検索してください。
# by maranatha | 2010-10-05 23:17

服従しなさい!?

 権威主義の教会では、牧師が次の聖句を用いて服従を強調します。「あなたがたの指導者たちの言うことを聞き、また服従しなさい。この人々は神に弁明する者であって、あなたがたのたましいのために見張りをしているのです。ですから、この人々たちが喜んでそのことをし、嘆いてすることにならないようにしなさい。そうでないと、あなたがたの益にならないからです。」(へブル13:17)確かに、ここでは服従を勧めています。しかし、指導者ならばだれにでも服従するように勧めているかと言うとそうではありません。へブル人の手紙の13章7節から17節はひとつの段落です。その始めに「神のみことばをあなたがたに話した指導者たちのことを、思い出しなさい。彼らの生活の結末をよく見て、その信仰にならいなさい。」(へブル13:7)と書いてあります。指導者の「生活の結末」を見極めることが大切です。高慢で、金銭に貪欲、不品行な指導者に服従する必要はありません。次の聖句も心に留めましょう。「にせ預言者たちに気をつけなさい。彼らは羊のなりをしてやって来るが、うちは貪欲な狼です。あなたがたは、実によって彼らを見分けることができます。」(マタイ7:15)にせ預言者とは、神の言葉ではなく自分の心から湧く言葉を語る人物です。彼らはインスピレーションを啓示と主張します。狼であるにせ預言者の性質は貪欲です。にせ預言者の同類は、にせ使徒、にせ教師、にせ牧師たちです。にせ者たちがゴールド(金)、ガール(女性)、グローリー(名誉)を貪っていることが、インターネット上に散見されます。しかし、信徒は見ても見えない、聞こえても聞こえない、マインド・コントロール下にあります。マインド・コントロールは、貪欲から生じる支配欲です。支配欲の強いにせ者たちが、「服従しなさい。」と吼えています。あなたは拒否することも、その人から離れることもできます。服従から逃走し、自由の尊さをこれから体験してください。
 
 
# by maranatha | 2010-10-04 22:34

赦しなさい!?

 「赦しなさい。」と牧師やクリスチャンから言われます。赦せない自分が悪いのでしょうか。このような悩みの相談がひんぱんにあります。それ程「赦しなさい。」が乱用されています。聖書には「もし、兄弟が罪を犯したら、彼を戒めなさい。そして悔い改めれば、赦しなさい。」(ルカ17:3)と書いてあります。赦しなさいと言った人は、罪を犯した人を戒めたのでしょうか。悔い改めに導いたのでしょうか。このことを赦しなさいと言った人に聞いてください。今後ただ赦しなさいと言う人とは距離を持った方がよいでしょう。その人の偏った信仰理解があなたを傷つけます。赦すのは悔い改めた人に対してです。悔い改めない人を赦し、罪を放置する教会は秩序のない教会です。そういう教会に留まり続ければ、傷つき、自分が悪いと思い込まされてしまいます。戒めないなら、悪い人がのさばる教会になり、傷つく人が増えていくでしょう。自分の教会は説教や牧会の中で「赦しなさい。」が多く語られているか自問自答してみましょう。多かったら、問題の多い教会だと言うことです。特に権威主義の教会で乱用されています。健全な教会は、大騒ぎしないで、プロセスを踏み、問題が取り扱われます。「赦しなさい。」が人前で強調されることはありません。解決されて、「赦しなさい。」を大勢の前で言う必要がないからです。私には乱用されている「赦しなさい。」が力で押さえ込む言葉に聞こえます。聖書の言葉を理解するのに大切なのは文脈です。
# by maranatha | 2010-10-03 19:19 | 赦し

人殺し

 人を殺していない人に対して、人前で又は文書で「人殺し」と指摘したら、その人は刑事責任を問われます。犯罪を犯していない人に対して、犯罪用語を人前で又は文書で使った場合、これもまた刑事責任を問われます。被害を受けた人が警察に証拠を持って被害届を提出することが、刑事責任を扱う最初のステップです。名誉毀損罪、信用毀損・業務妨害罪、侮辱罪が当てはまる文書がネット上にはたくさん見られます。民事責任を問う場合は弁護士に相談して裁判に訴えればよいでしょう。匿名でも責任を逃れらるわけではありません。名前を書いているからその人が正しいことを書いているとは限りません。
 私はカルト問題を長年扱っていますので、カルト陣営から偏見で見られます。過激なレッテルを貼られて迷惑することもあります。自分の為に裁判を起こしたことはありませんが、あまりにも酷い場合は、今後は弁護士に相談しようと思います。被害相談者が偏見を乗り越えて私のところに電話乃至来訪するのに年月がかかっている事に驚く時があります。これは宗教トラブル相談センターへの業務妨害です。今まで匿名、実名は関係なく書きたてている人は文書を削除してください。2010年10月末日を期限にします。全ての人を訴えることは時間のロスですからしませんが、一罰百戒の対象者が今後でるでしょう。最近放置しておくことは「寛容」ではないと思うようになりました。被害者が相談する道を妨害されているのです。宗教の中での被害者はどうしても相談が遅くなります。これを防ぐためです。最後ですが、文書を削除した人の責任は問いません。反省、謝罪と見なします。
# by maranatha | 2010-09-30 07:22

牧師の違反行為及び懲罰と復職

 牧師の違反行為には、教理上、倫理道徳上、犯罪上、教規上のものがあります。
これらの違反行為を黙認すること、また協力することも違反行為となります。

 このような違反行為を犯した牧師が適切な懲罰を受けることは当然です。もし、
懲罰がなければ、団体や教会の秩序は失われ、無法がまかり通ります。戒告、
停職、資格取消は団体によって個人差があります。

 復職は、資格取消を受けた牧師が悔い改め、元の団体や教会に復職することです。
2人もしくは3人の牧師が、一定の悔い改め期間を見守り、確かに悔い改めの実を結
んだと判断しなければ、復職は適いません。証人と判断する人は責任が伴います。

 単立教会の場合は教会の役員会並びに教会総会が教会の規則に基づいて判断
します。牧師がその場に出席してはなりません。

 これは私のこれまでに扱った事例からの感想です。上記のことはほとんど機能して
いません。だから、私のところに相談があるのです。大体はなあなあで、人間関係で
判断しています。団体も教会も自己保身的です。関わって傷つきたくないのです。
判断で恨みを買いたくないのです。どこに正義があると被害者は叫んでいます。

*英国AGの服務規程を参考にしました。カトリックの『新教会法典』が一番しっかり
  しています。
# by maranatha | 2010-09-29 19:46

外国人のための無料法律セミナー

 アッセンブリー京都教会では、11年前より英語礼拝を始めました。
近年、特に在留外国人が増加し、いろいろな問題を抱え、不安を覚えている
ことを知りました。研究のため大学や研究所で働いている方だけでなく、
研修と言う名目の労働者もいます。日本人と結婚している方等。彼らが
日本の法律を知り、自分を守って生きる事ができたらと願い、無料法律
セミナーを企画しました。外国人向けに英語でされる貴重なセミナーかと
思います。


            「在留外国人と日本の法律」

 在留外国人に関する労働法、入国問題、法律に基づく宗教活動について、
英語でわかりやすく説明します。

日時 2010年10月10日 15:00-16:30

場所 京都府中小企業会館 704号会議室
    (西大路五条下ル 有料駐車場有り)

講師 櫻井圀郎 東京基督教大学教授
    名古屋大学大学院博士課程修了(民法専攻)
    日本私法学会 国際消費者法学会 宗教法学会所属

主催 アッセンブリー京都教会 TEL 075-311-5193

*講演は英語です。通訳はありません。

# by maranatha | 2010-09-28 07:11

セミナー 

 関東でのセミナーの案内です。詳しくはhttp://chirobanokai.web.fc2.com/を検索してください。関東はカルト問題が多いのに、このようなセミナーが少ないですね。ちょっと心配していましたが、立ち上がる人たちが出てきました。
# by maranatha | 2010-09-23 22:31
宗教問題