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村上 密 Blog

暴力と栄養素

習慣的に暴力をふるう牧師がいるとは一般的に考えられないことです。しかし、被害者たちの証言が裁判で認められた事件が浜松でありました。何が原因かと思い巡らしていたとき、『犯罪学』(瀬川晃 成文堂)を思い出しました。原因の一つかもしれないので抜き書きをしてみます。

1、チアミン(ビタミンB₁)欠乏症は、人の攻撃性、敵愾心、批判への感受性を高め、苛立ちを生み出す
2、ナイアシン(ビタミンB₃)欠乏症は善悪の識別能力を奪い、その者の行動を反論理的なものにする
3、コバルトが不足しているほど行動が粗暴化する
4、マグネシウムの不足も・・・暴力的な傾向を生じさせる
5、銅と亜鉛の対内比率の異常が暴力性を高める
6、攻撃性の高い者からはカドミウム、アルミニウム、水銀などが高い数値で検出される

 読者はくれぐれもサプリメントで以上の栄養素を摂り過ぎないように気をつけてください。又、炭酸飲料の飲み過ぎも注意が必要です。暴力的牧師は、多忙で食事が不規則になり、栄養のバランスを崩しているかもしれません。多忙な牧師はくれぐれも休息と食事を大切にしてください。
# by maranatha | 2008-12-15 20:55

転籍 転会 退会 脱会 除籍

 教会員は教会に申し出て所属教会を変更(転籍)することができます。申し出を受けた教会は、役員会の議を経て、転会状を発行します。申請人は、それを入会希望教会に提出します。扱いは、教会が転会状を郵送します。受け入れ教会は役員会の議を経て、転籍手続き完了の通知を郵送し、円満に転籍が終了します。

 退会は自分の一存で教会を去ることです。退会届というタイトルに理由を書き添えて出せば終了です。所属教会の了解を取る必要のない、教会籍を抹消する方法です。「今後一切の連絡をおことわりします。」と記入すれば、文書が郵送されたり、電話がかかることもありません。退会は転籍したいのに所属教会が承認してくれない場合、抗議の意を含む対応の方法です。籍が自動的に無くなるので、どこかの教会に籍を入れたいときは、転籍手続きを取らず、受け入れ教会の入会承認が必要なだけです。

 脱会は、自分の所属している「教会」が異端やカルト或いはそれに準ずると判断したとき、自分の籍を自分の一存で抹消する方法です。これは、内容証明で出します。「脱会」とタイトルを書き、簡単な理由を述べ、「以後一切の連絡をおことわりします。」と書き添えます。強い抗議を含む方法で、脱会届を受けた側はダメージを受けます。

 除籍は、教会員としてふさわしくない重大な行為を教会が知ったとき、教会が最終的に取る処分です。その前に教会は段階を踏むべきです。注意、勧告が必要です。それでも悔い改めない場合に除籍します。除籍は教会員にとって不名誉なことです。教会規則に除籍に関する事項がない場合、慎重に扱わないと名誉毀損を訴えられることも考えられます。教会は規則に戒規を置き、対応する必要があります。戒規がない場合、陪餐停止が一番重い処分です。その意味を知る人にとってそれは苦痛です。苦痛を覚えない無自覚な人には除籍が一番ふさわしい処分です。コリント化している現代の教会状況を考えるとき、教会規則に戒規を条項としてもうけるべきです。除籍は申し出るものではなく、教会が下す判断です。

 以上の項目は、宗教トラブル相談センターに以外と多い相談です。教会籍は信仰に不可欠なものではなく、信仰生活に必要なものです。自分がクリスチャンであることを証言できても、それを客観的に証明するものが教会籍です。
 
# by maranatha | 2008-12-08 11:02

モラルハラスメント

 『モラル・ハラスメント』(マリー=フランス・イルゴイエンヌ 高野優訳 紀伊國屋書店)をご存知ですか。
 
 「言葉や態度によって、巧妙に人の心を傷つける精神的な暴力=モラルハラスメント。家庭や職場で日常的に行われる、この「見えない暴力」は、相手の精神状態をしだいに不安定なものにし、ひどい場合は自殺に追い込むという。いったいどんな人間がこのような暴力をふるうのか?いかなる方法がよく使われるのか?どのような性格の人が標的にされやすいのか?どうしてその関係から抜け出せないのか?経験豊富な精神科医がその実体を徹底解明。人間関係に悩むことの多い現代人にとって必読の書である。」これが掲載されている推薦の言葉である。私も読み、人にも紹介しています。

 モラル・ハラスメントは身体に対する暴力ではありませんが、人の心を傷つける言動の暴力です。カルトの中ではモラル・ハラスメントが日常的です。人格が破壊されるのは、マインド・コントロールだけでなく、モラル・ハラスメントによっても起きています。
# by maranatha | 2008-12-04 10:40

チェックリスト

 『教会がカルト化するとき』(ウィリアム・ウッド)の改訂新版がいのちのことば社から発行されました。この本はチェックリストが掲載されて、カルト化の判断に大変役立ちます。

1、指導者の権威主義に関するチェックリスト
2、マインド・コントロールに関するチェックリスト
3、排他性に関するチェックリスト
4、被害に関するチェックリスト

 この4つのチェックリストは教会がカルト化しているかどうかを、4つの目、4つの角度から監視する力を持っています。私たちは感覚に頼らずに、より客観的に判断することができます。是非一読してください。
# by maranatha | 2008-12-04 10:39

風化させない

 沖縄キリスト福音センターのカルト化による被害を風化させないために、原告たちは、被告仲原正夫氏を相手取り、不法行為による損害賠償請求の裁判を起こしました。いよいよ2009年1月15日(木)午後4時、那覇地方裁判所沖縄支部で判決が言い渡されます。複数の報道関係者が判決を記事に書くようです。私は「センター被害者の会」の代表として、裁判を傍聴し、判決後の記者会見に対応したいと思います。
# by maranatha | 2008-11-28 10:49

歴史の支配者

 「わたしは、あなたがたの弟ヨセフです。あなたがたが、エジプトに売った者です・・・神は、あなたがたのすえを地に残すため、また、大いなる救いをもって、あなたがたの命を助けるために、わたしをあなたがたより先につかわされたのです。それゆえ、わたしをここにつかわしたのは、あなたがたでなく、神です。」(創世記45:4~8)とは、エジプトの宰相ヨセフのことばです。

 ヨセフのことばの中には、二つの歴史観が述べられています。一つは兄たちの嫉妬により、裏切られ、奴隷としてエジプトに売られた事実の歴史観です。二つ目は神の側から見た歴史、救済史観です。ヨセフは、人間的な苦難を体験しながらも、神を見失うことなく、信仰を保ち続けました。そして、時至って神のご計画を知ることになりました。

 日本人は、因果応報的歴史観に支配されています。悪いこと、思いがけないことが起こった時、その原因を捜し、原因と結果の間を自分の推理推測で埋めてしまいます。よい結果が出れば、努力の賜物と考えます。この考え方からなかなか抜け出せないでいます。

 パウロは、わたしたちクリスチャンに信仰に基づく歴史観を教えています。「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。」(ローマ8:28)因果応報的歴史観に支配されている人は、恵みの神を見上げましょう。

 神は歴史の支配者であり、ご自身のみ栄えのために弱い者、取るに足りない者、失敗続きの者にも、信じて求める者に、み業を現わされるのです。
# by maranatha | 2008-11-28 10:49

奇妙な応援団

 沖縄リバイバル教会の裁判がいよいよ大詰を迎えています。被告である儀間盛夫氏を応援する顔ぶれが陳述書でわかりました。有賀喜一氏、大橋秀夫氏、喜納政弘氏、根間民雄氏の4氏です。

 有賀喜一氏は現在JCGIネットワーク(旧日本教会成長研修所)の理事長です。有賀氏は儀間氏を持ち上げる発言をずいぶん繰り返しています。沖縄リバイバル教会の教会運営を知った上で称賛しているのでしょうか。カルト化した教会で一番用いられているのが有賀氏です。どこででも、招かれた教会の牧師を持ち上げています。媚びる発言を真に受けて、自分の教会は日本一だ、世界一だと信じた被害者が、私のところに被害相談をしてきます。JCGIネットワークの活動はカルト化した教会の応援団ではないはずです。なぜJCGIネットワークの協力主事である大橋秀夫氏まで陳述書を書いて応援するのでしょうか。責任ある人の応援は、JCGIネットワークへの非難として受け止めて、闇雲に擁護しているのでしょうか。儀間氏は確かJCGIネットワークと関係があったはずです。教会成長の講師として招かれていたはずです。民主的な教会運営をしない人物から教会運営を学んだ人々の今後が思いやられます。独裁的な教会運営に走らないように気をつけてください。暴走している人、暴走気味の人、暴走しかけている人、暴走するかもしれない人が私の耳には届いているからです。もちろん良い人もいます。しかし、悪貨は良貨を駆逐すると言います。
 
 喜納政弘氏と根間民雄氏は沖縄の牧師会のリーダー的な人です。同労者を守ろうとするのは、見上げた心がけですが、それも人物次第です。喜納氏は沖縄キリスト福音センターの中原氏の応援もしています。沖縄の教会のカルト化を心配している人々が増えている中で、裁判沙汰になっている問題教会を応援することは見上げた心がけです。同じような教会運営をしておられるのでしょうか。民主的な教会運営をしていないことを知っていながら、成長したことだけに目を向けて応援するなら、その目は節穴です。規則に基づく教会運営を心掛けていただいきたいものです。学校の運営資金の収支は教会総会で報告されていますか。教会活動の全ての収支は透明性が大事です。
# by maranatha | 2008-11-27 14:47

奇妙な献金

原告代理人「献金はだれに捧げるものですか。」
証人 「神さまに捧げるものです。」
原告代理人「『牧師を励ます献金』はだれに捧げるものですか。」
証人 「 ? 」
 「『沖縄リバイバル教会』こと儀間盛夫」氏に対する11月4日の損害賠償請求裁判(那覇地裁)を傍聴してきました。原告代理人とY証人(沖縄リバイバル教会事務局長)の法廷でのやり取りで、奇妙な献金が、教会の中で公に奨励されていることがわかりました。

 たとえば、500人への信徒のうち50人が1万円を「牧師を励ます献金」として捧げたとしましょう。月合計は50万円です。年間600万円になります。

儀間氏は奇妙な献金を個人収入として税務署に申告しているのでしょうか。それとも神さまに代って使っているのでしょうか。もしそうなら儀間氏は神の代理人です。そして、今まで神さまに捧げられたものは全て代理人のものです。夫婦がショッピングするのを見かけた人はいますが、神さまがショッピングしているところを見かけた人はひとりもいません。代理人が全て使ってしまっているのです。神さまにと言いながら、実は教会運営のために献金は使用されています。「牧師を励ます献金」このような奇妙な献金は牧師の利得の手段に使われています。
# by maranatha | 2008-11-27 14:46

行ってみたい健康な教会

 どんな教会が健康な教会でしょうか。3つのことを考えてみました。

 伝道と牧会のバランスが取れた教会は健康な教会です。伝道と牧会は、教会が前進するための両輪のようなものです。一方が大きいと、円を描き、真直ぐに前進できません。伝道によって教会員が多くなれば、牧会のスタッフの補充が必要です。世界宣教(マタイ28章)と牧会の委託(ヨハネ21章)に答える教会は健康な教会です。

 御霊の実が結ばれ、御霊の賜物が現われている教会は健康な教会です。九つの実を全て結ぶ人はいませんが、あの人は愛がある。あの人はいつも喜んでいる。あの人はいつも平安だ。あの人は寛容だ。あの人は親切だ。あの人は善意にあふれている。あの人は誠実だ。あの人は柔和だ。あの人は自制心がある。このような人々が集う教会は、御霊の実を結んでいる教会と言えます。そして、御霊の賜物(第Ⅰコリント12章)が現われているなら、なんと力強い教会でしょう。

 健康な体には、水と食物と休息が必要です。健康な教会には、御霊の働きといのちのパンと平安が必要です。御霊の働きにつては前述しました。いのちのパンは、イエス・キリストの教えです。パンは眺めていても腹を満たしてくれません。イエスの教えも聞くだけでなく、行わなければ意味がありません。イエスはあなたがたの知らない食物がある。それは父のみこころを行うことだと教えられました。日々の生活の中が信仰の実践の場です。教会員が朝から夜まで奉仕する教会は不健康です。平日に忙しく働いている信徒への配慮が必要です。

 以上がバランスの取れた健康な教会です。体の健康診断をするように、教会も健康度のチェックが必要です。足りないなら補うことが大切です。行ってみたい健康な教会、それは私が目ざす教会形成です。
# by maranatha | 2008-10-31 09:38

除籍の問題

 私たちが罪を犯したというので、国籍を剥奪されるでしょうか。又、私たちが罪を犯したというので、市民権を剥奪されるでしょうか。当然のことながら、剥奪されることはありません。しかし、カルト化したキリスト教会の中に、教会規則の中に戒規がないのに、牧師が一存で信徒を除籍するということが起きています。牧師が扱うのは、クリスチャンの犯した罪であって、すぐに籍を扱うことではありません。罪を悔い改めて、神に立ち帰るように導くのが牧師の役割です。教会員としてふさわしくない行為をしたというので、戒規もなく、除籍にするというのは、牧師の問題です。罪を犯したからといって、すぐ天の国籍からその人の名前が削除されるわけではありません。神は悔い改めるように聖霊を通して働き続けられます。死に至るまで悔い改めないならば、神より罪を愛したことになります。裁きは当然です。

 除籍のことで教会に必要なのは戒規です。信徒に問題があれば戒規に基づき除籍にします。強制的除籍は牧師のすることではありません。戒規がなければ、規則改正委員会を設置して検討を始めるべきです。マタイの福音書の18章にある回復のプロセスを踏みながら、悔い改めに導くのが教会の務めであり、どうしても聞き従わなければ、除籍という最終手段で教会の「聖」と秩序を守るということは、コリント化していく現代の教会の中で必要です。
# by maranatha | 2008-09-25 12:45
宗教問題