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村上 密 Blog

カルト予防

 数年前から東京と沖縄へ毎月カウンセリングのために出張しています。来会者はカルト化の被害者が主です。集団の中での虐待はけっして一人からではなく、多数の人々が関係しています。良い教会もあれば、悪い教会もあります。良い牧師もいれば、悪い牧師も存在します。教会の中から、偽キリスト、偽預言者、偽教師、偽使徒が起きるのですからあたりまえのことです。職業や団体によって安心するのは危険です。見極めることが大切です。

 保守的な人々は、教会の中の問題を明るみに出すことは、教会の名誉を損ない、宣教の妨げになると考えています。それでは問題は解決されず、被害は防げません。刑事事件は基本的に教会で取り扱うべきではありません。それは、司法の場に譲るべきです。又、民事事件も「赦しなさい」と言って経済的被害を回復しないのは大変問題です。全てのことは教会で取り扱うべきだと主張する人々によって大変不公平な出来事が教会の中で起きています。カルト化している教会の中で宗教裁判が行われたら最悪です。

「実を結ばないやみのわざに加わらないで、むしろ、それを指摘してやりなさい。彼らが隠れて行っていることは、口にするだけでも恥ずかしい事です。」(エペソ5:11,12)
# by maranatha | 2007-07-14 08:14

『教会のカルト化を防ぐ構図』

次々と寄せられる教会内における虐待と教会のカルト化の問題は放置できない状態である。現在、司法手段を取っているのが3件、弁護士と協議しているのが4件、和解交渉中が1件、宗教的カウンセリング継続中の件多数、法的解決済3件である。
『教会のカルト化を防ぐ構図』_e0022644_21545658.jpg

虐待予防作用
1、被害者はカルト化の状況の中では、被害を受けているという認識が低く、服従を強いられ、告発する力もなく、自責の念に駆られている。

2、仲裁者は被害者の声に耳を傾け、宗教的カウンセリングを継続しつつ、救済方法を考察する。又、様々な専門家との連絡役を果たす。

3、聖書的プロセス(マタイ18:15~17)とは教会内における解決方法である。

4、カルト化の場合、教会の自浄作用がなく、地域教会及び教団も有効な手段を講ずることができない。よって、司法的手段を取る。このことはカルト化予防にもつながる。

虐待促進作用
①カルト化した教会の加害者は宗教的独善者が多く、罪の自覚に乏しい。場合によっては、自分を神と等しくする独裁的権威主義者である。

②虐待を喜んで見ている者たちは、カルト化の被害者であるが、加害者責任があり、積極的な虐待の是認者である。

③虐待を見て見ぬ振りをするこれらの傍観者は虐待の暗黙的支持者である。指導者を恐れ、信じるあまり、被害者を見殺しにする立場である。

『教会のカルト化を防ぐ構図』_e0022644_1256770.jpg

 宗教的カウンセリングの中には、「犯罪の暗数」が含まれている。犯罪の暗数とは、警察に認知されない犯罪のことである。特に性犯罪の暗数が高いパーセンテージである。このことは聖神中央教会事件で痛感したが、現在も寄せられる相談の中で深刻な問題である。司法の場に引き摺り出すことができないため、現職のままである。被害が拡大しているのではと思うと、一日も早い告発者が立ち上がることを祈る。氷山の一角とはよく言ったものである。氷山は海面上の部分は海面下の約7分の1に過ぎない。性犯罪の暗数は約10分の1と言われている。聖神中央教会の暗数はもっと分母が多い。宗教界での性犯罪の暗数は表に出にくいだけに分母が多いと思われる。
# by maranatha | 2007-06-17 22:22

『教会健全化のために』

2007年4月18日、午前11時、N地方裁判所で民事裁判を傍聴しました。
 
 前回(2月28日)の裁判でO教会側の弁護士は、「権力能力なき社団」を主張しました。今回は権利能力なき社団ではない旨を準備書面で言い替えてきました。理由は簡単です。原告側から前回請求した、社団性を証明するものがないからです。

 G牧師は教会が訴えられているといって、教会員から献金を募りました。明らかになったように、教会が訴えられているのではなく、G牧師が訴えられているのです。原告側にとって、O教会に社団性がないことは判っていることです。教会員はそのことを知らないで過ごしています。しかし、今回社団性がないことが裁判で明白になったのです。教会員が献げた多額の裁判のための献金は教会ではなく、G牧師の個人収入に現在なっています。社団性がないのですから、R教会はG牧師の個人商店のようなものです。原告側がかつて収入報告を見せるように請求したとき、G牧師は宗教法人ではないので見せる必要はないとつっぱねました。おわかりのように現在まで収支報告はなく、役員会もなく、教会総会もないのがO教会の現状です。これでは社団性はありません。裁判のために献げられた献金は現在G牧師の個人収入となっています。正しい税務申告が必要です。10%は税金になります。もし、教会員の皆さんに返金されれば税金は発生しません。この献金は返金すべき性質のものです。

 さて結論です。O教会は宗教法人を持っていません。権利能力なき社団でもありません。実態は以前から私が申し上げているように、個人事業所です。りっぱな教会と思っておられるのなら、閲覧請求をしてみてください。社団性を証明するものはないのです。拒否されるだけです。真実に目を向けましょう。これは教会を隠れ蓑にした宗教ビジネスです。教会員は被害に気づかない被害者です。はじめから個人事業所だと分かっていたら献金しますか。原告側と、その支持者たちはだまされたと思っているのです。
 
これはO教会の真相究明のための闘いの記録です。以前書いたO教会の8つの問題点に追加分を加えて、再度発表します。

O教会の8つの問題点
2005年の春から私はO教会から除名された元信者の方々の相談を受けています。G牧師は教会成長の「モデル教会」の牧師として、セミナー等によく用いられています。それは「多数の信徒をかかえる教会」ということが理由のようです。もし信徒が多いということで「祝福されている」「油そそがれた器」と評価されるとすれば、何と薄っぺらな理由でしょうか。下記に取り上げる問題点を読んでもなおG牧師を擁護したり、用いる人々がいるとしたら、その人々は「目が見えるようになるため、目に塗る目薬」(黙示3:18)が必要です。友人がいるなら苦言や忠告をすることが良き友人の証しでしょう。O教会を模範にして教会が成長したら日本の教会は大変なことになります。
以前私は「OR教会の問題」と題して二百数十通の手紙を諸教会に郵送したことがあります。今回少し手を加えましたので「O教会の8つの問題点」としました。そして多くの方々に知っていただくためにホームページに載せることにしました。とりわけ、十分なことを知らされず、自分の教会は「日本一」だと思っておられる信徒の方々に読んでいただきたいと思います。なぜなら、「OR教会の問題」を読んだB教会の信徒の方々が、自分の教会も似ていると気づいて、現在改革のために多数立ち上がっておられるからです。それこそ自浄作用を持った教会の姿です。又、この文書を読まれる牧師の方々にも「教会運営」について自己点検をしていただきたいと思います。なぜなら、権威主義の独善的な牧師の問題が私の元に次々と寄せられているからです。現在民事裁判に向けて弁護士に相談しているのが6件です。その他にも検討しているのが4件です。牧師が「お祈りしています」「大変ですね」というだけでは被害救済になりません。具体的なアドバイスと宗教的カウンセリングが必要です。私は霊感商法の被害救済に取り組んでおられる弁護士の方々を知っています。どの都道府県に問題が起きても弁護士を紹介することができます。牧師の協力者もじょじょに起こされています。最近、良心と信仰に基づき、法的にも聖書的にも正しく扱わなければならない問題が増えてきました。

1. 宗教法人取得の問題
宗教法人は必ず3人以上の責任役員(うち一人は代表役員)を置き、規則に別段の定めがなければ、宗教法人の事務は責任役員の定数の過半数で決定します。しかし、O教会は500名の教会員を有するのに未だ宗教法人を取らず、役員会も教会総会もない状態です。宗教法人を取れば、教会財産を保全しやすくなり、宗教団体の目的を達成しやすくなります。しかし、取得しないということは、個人事務所であり、個人所得が多くなるということです。最近宗教法人を取る動きがありましたが、決算書数年分の記録が必要です。教会員は20年間そのようなものを見たことがありません。教会が民主的に運営されているのであれば、会計は透明にすべきです。宗法化のため教会員が見たこともない決算書を作成するのであれば、それは大きな問題です。又、責任役員が教会の意思決定機関ですから、書類などに責任役員が決めたような表現も役員会がないので問題です。どのようにしてO教会は宗法化を進めるのでしょうか。教会は自治能力がないために、問題にも気づかないのです。
O教会は宗教法人でないばかりか、権利能力なき社団でないことが裁判で判明しました。
※「権利能力なき社団」としての要件として、
①対内的独立性(構成委員及び、その資格得喪の明確、団体構成員からの独立)
②財産的独立性(団体独自の財産の存在等)
③対外的独立性(代表者の定め)
④内部的組織性(組織運営、財産管理の規則の定め、総会による構成員の意見の反映等)
が必要であり、これを欠けば、社団性は否定されるというべきである。」(2007年4月12日付被害者側の答弁書より抜粋)
※G牧師側の準備書面(2007年3月29日付)に「現在権利能力なき社団ではなく」と書いてあります。

2. 牧師独断の問題
G牧師は1億200万円を独断で動かし、詐欺に遭っています。詐欺にまだ気づいてなかった頃、G牧師は詐欺師から「マジェスタをプレゼントされた」と信徒に言っていますが、どのように弁明されるのでしょう。新会堂建築は多額の資金が動きますが、収支報告がありません。これは大きな問題です。さらに牧師館を同地に建設する時は教会全体にも諮らず、土地所有者に断りをもなく建てています。新会堂建築後相当の費用が掛かったはずなのに、どこに牧師館を無断で建てる費用があったのでしょう。これを独断と言うのです。このような独断を教会員が黙認しているのは、教会員が聖書的にも社会的にも成長していないからです。しかし、このような教会で問題点を口に出したら牧師から除名されるでしょう。残るのはイエスマンの側近と「沈黙の羊」だけです。
1億200万円はその後詐欺師から返還されたでしょうか。民事裁判では勝訴しました。勝ったことは教会員は知っていますが、いくら返還されたかは知らされていません。こういった収支報告はないというのも社団性のない証明です。

3. 教会規則の問題
除名処分は教会の罰則としては非常に重いものです。しかし、教会員は規則を見たことがありません。役員会もなく除名処分は牧師の意向で決まっています。牧師は1億200万円の詐欺に遭い、教会に莫大な損害を与えています。牧師は弁償していなければ、普通の教会では解任ものです。この詐欺に遭ったことも当時は一部の教会員が知るのみで未だ教会全体に詳しい報告がなされていません。G師はこのことに対して説明責任を果たしていません。これは民法644条によれば善管義務を怠っており、責任問題です。教会性に乏しいということは悲しいことです。教会員への罰則は規則になくても厳しいのに、牧師の大きな過ちは規則がないので見過ごされるのです。せめて人格なき社団(宗教法人でない教会)となるべきですが、代表の選任規定と代表権について、団体の意思決定機関としての役員会、総会について、資産の適正な管理がなされておらず、要件を備えていません。これでもO教会は教会成長の「モデル教会」と言えるでしょうか。
教会規則が除名処分の時にはありませんでした。社団性がないことは現在証明されていますから、除名は「教会」からの除名ではなく、個人事業所からの除名ということになります。ただし、個人事業所の規約もありませんでした。

4.教会会計の問題
教会の運営は、多数の教会員の献金の上に成り立っています。宗教法人を取っていなければ、経費を除けば個人の収入と見なされます。本当は会計報告を行って教会員に疑念を抱かれないようにしなければいけません。「什一献金」を徹底している教会で、教会員500名、その他の様々な献金を奨励していますから年間1億円を超える収入のはずです。「神様のため」「教会のため」といって献げられた献金の大半が個人収入となっていることに信徒はなぜ気づかないのでしょうか。20年間会計報告をしてこなかったG師の不透明な会計処理は早急に改善されるべきです。
教会会計は2007年現在も不透明のままです。これでは「権利能力なき社団」にも宗教法人にもできません。昔も今もこれからも個人事業所のままです。税務署は宗教法人とみなして税金を取っていませんが、それは実態を知らないからです。今回の裁判で社団性がないことが証明されたので、税務署がこのことを知れば、大きな問題に発展することでしょう。

5.土地・建物の所有権の問題
土地はY姉のものです。彼女の「土地を使って下さい」との申し出をG師が献品と取り違え、教会員に報告し、献品されたと既成事実化しました。しかし、土地の名義を変更したわけではなく、役員会、教会総会への報告と記録があるわけでもありません。宗教法人を持っていない団体がどうやって土地の献品を受け取ることができるでしょうか。大変な課税を誰が払うのでしょうか。Y姉の同意もなく牧師館を建てたのは、所有権の侵害です。裁判で争えばG師の負けです。私は仲介人であったとき、Y姉の同意を取りつけて教会に和解案を提案しましたが一方的に断られました。建物はいったい誰の物でしょうか。名義がG師のものであれば将来相続争いが生じたときG師の家族のものとなります。宗教法人でない場合でも規約を作成し、「O教会 代表者 ○○ 印」と契約書等に表記すべきです。もちろん印鑑は代表印です。
O教会は権利能力なき社団でもありませんから、G牧師は土地や建物を個人所有にしようとしていたことになります。教会を健全化するためには、権利能力なき社団、または宗教法人にしなければなりません。しかし、その手続きをしていけば問題点が明るみになっていくだけです。解決の方法は責任を取って辞職することです。

6. 事業報告と事業税の問題 
教会の一階の喫茶店は貸店舗でしたが、領収書は駐車料でした。果たしてどちらの事業報告をしているのでしょう。税務署に事業報告をし、事業税を正しく払わなければ問題です。駐車料を取るなら、土地所有者のものです。あるいは、断りが必要です。土地を無料で借りている教会がその土地で経済行為をすることは、正しくありません。良心的とは思えません。教会がどんな形態か,信徒が真実を知れば躓くことになるでしょう。教会の実態は「個人の事業所」なのです。
貸店舗料を駐車料として領収書を切ったのはG牧師の誤った行為です。さて駐車料はだれの収入になったのでしょうか。教会は社団性がないのです。残るは個人しか存在しません。

7. 除名処分の問題
牧師の教会運営の問題を指摘した教会員に対し、牧師は彼らが分裂分派をもたらす者、悪霊の働き等と言い除名処分にしました。このような対応は自分たちを一方的に神の側に置き、相手方をサタン、悪霊の支配下にあるとして敵と見なし、善悪闘争の思考パターンに陥らせます。そして、外からの批判に対して自己防衛的となり、反対者に対しては攻撃性が強くなります。U姉が喫茶店に行った折、多くの教会員、牧師たちが手をかざして祈るなど、全くもって失礼な対応です。どんなに相手を傷つけるか、神側にいると思い込んでいる人々にわかるはずがありません。この思考形式は、二元論的です。これは物事を単純に割り切るため、問題点を見誤らせて解決への道筋を妨げます。自分たちが神側にいるという一体感はイデオロギーの一体感であって信仰の一体感とは異質なものです。
上記の問題は次々と私のところへ相談が来ています。何が除名処分に相当するか、規則か規約に明示すべきです。

8. 規約持ち出し禁止という問題
O教会は規約を作成し、それに署名捺印した人を教会員として扱う方針を出しました。それ事態は問題ではありませんが規約の持ち出しを禁止したというのは問題です。OHPで規約を写し出し、その後サインを求めるという即断即答は民主的な教会運営になじみません。もしO教会が「宗教法人」を設立すれば「教会の行為によって損害を被った者」は教会が事務所に備え付けている書類及び帳簿を閲覧請求できます。宗法化は現在のO教会にとって難題です。「人格なき社団」への移行するために規約を作成したと思われます。私は規約の簡単な写しを見たことがありますが、牧師を利する項目が目につき、信徒の立場を重んじているとは思えません。
O教会の規約作成は「人格なき社団」(権利能力なき社団)へ移行するための作業ですが、何名が「教会員」?になったのでしょうか。持ち出し禁止が公開性のない団体であることを証明しています。後日、除名された教会員たちは規約の閲覧請求をすることでしょう。そして規約の中に収支報告の義務が掲載されていれば、それも請求することでしょう。はたして、白日の下にさらされて耐えられるでしょうか。

名誉毀損(刑法230条)
公然と事実を摘示して人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以上の懲役か禁錮または50万円以下の罰金に処せられます。「名誉毀損」とは、人の社会的評価を低下させることをいい、語ったことが事実なのかを問いません。ただし、それが公共の利害に関する事実にかかり、もっぱら公益を図る目的であったと認められる場合には、事実の真否を判断して、真実であることの証明があったときには罰せられません。(刑法230条の2第1項)。(参照『教会と宗教法人の法律』櫻井圀郎 キリスト教新聞社)
以上のことから私の文書は名誉毀損に相当しないものと考えています。
# by maranatha | 2007-06-08 10:36

『宗教団体に潜む危険性』

 北尾トロの『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』がよく売れている。これは傑作裁判傍聴記である。私も今日まで20件を超える傍聴経験がある。北尾トロと違うのは初公判から判決まで出席するのが私の方針である。

 さて、「人格なき社団」とみなされない団体に潜む危険性をある裁判を参考に指摘したい。ある宗教団体の指導者が裁判に訴えられた。指導者は団体が訴えられていると言って、会員に献金を呼びかけた。裁判では当初「法人格なき社団」であると自分たちの団体を主張したが途中から「権利能力なき社団ではなく」と言い替え、「法人格なき社団」との主張を取り下げてしまった。この団体は宗教団体であるが個人事業所ということになる。裁判のために集めた献金は個人の事業所得で、課税の対象となる。長年に渡って献げられた多額の献金も個人の事業所得!「権利能力なき社団ではなく」という主張は、これから大きな津波となってその団体を襲うはずである。税務署は今までこの団体を宗教法人とみなしてきたが、裁判での主張に基づけば、「みなし法人」の要件さえ満たしていない。今後の裁判と税務署の対応が注目される。
 
 さて、もう一つの裁判の傍聴であるが、この件はもうすぐ判決が下る。すでに被告弁護人が、貸金の返金にほぼ応じていることから、こちらの勝訴は確実である。この裁判を始める前に、ある地方の団体から裁判をやめてくれないかとの要望があった。被害者感情を無視した要望なので私は拒否した。私の方針は和解が最優先である。しかし、これを拒む場合は被害者側に立って、裁判の支援とカウンセリングを継続させることである。この件の団体も「人格なき社団」とみなされない団体である。
 
 今年になって2つの裁判に勝訴した。聖神中央教会の民事事件では佐賀千恵美弁護士にご尽力いただいた。又、聖神中央教会に属する横浜教会の民事事件では、紀藤正樹弁護士を紹介した。事件の内容は紀藤弁護士のブログを参照されたい。いずれもカルト化した教会の事件である。5月にはある裁判の初公判に出席する。


参考資料1「宗教法人・こんときどうするQ&A110」
(2006.12.10佐藤丈史 いのちのことば社)
「人格なき社団の教会」となる要件
①「規則」があって、規則の中に次の事項が記載されていることです。
・名称
・事務所の所在地
・団体の目的
・代表の選任規定と代表権について
・団体の意思決定機関としての役員会・総会について
・会員の定め
・資産の適正な運営について
②「規則」に基づいて組織的に活動していること
「規則」を備えていない教会は、速やかに規則を作成すべきです。
教会は、その規則によって運営されなければなりません。

参考資料2「模範六法」(1998三省堂)
権利能力のない社団といいうるためには、団体としての組織を備え、多数決の原則が行われ、構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理、その他団体としての主要な点が確定していることを要す」(最判昭39.15 民集18-8-1671)
# by maranatha | 2007-04-26 12:51

『マインドコントロールの予防』


 マインドコントロールを予防する方法を教えてくださいという読者の要望にいくつかの著書を紹介しつつ回答したいと思います。

 ロバート・B・チャルディーニ(『影響力の武器』誠信書房)は承諾誘導テクニックを、返報性、一貫性、社会的証明、好意、権威、希少性と六つの原理に分類しています。人がどんなことに影響されやすいかを知ることは、説得や誘導の対策になります。マインド・コントロールが説得や誘導と異なるのは、人格が破壊され、強力な教え込みの過程を通してカルト人格が形成されることです。スディーブン・ハッサン(『マインドコントロールの恐怖』恒友出版)は、マインドコントロールには行動、思想、感情、情報の四つのコントロールがあると言っています。さらに追加するなら、思想と矛盾の問題点、敵意の除去、反社会性の指摘、生理的充足が挙げられます。アメリカの心理学者ジュリアス。シーガルはマインドコントロールの予防に五つのCを挙げています。Communication(コミュニケーション)、Control(コントロール)、Conviction(信念)、Conscience(善悪の判断)、Concern(思いやり)以上取り上げた著書にもう一冊『現代のエスプリ「マインド・コントロール」と心理学』至文堂)を追加しておきます。これはとても良い本です。いずれも購入して熟読すれば、マインドコントロールの予防接種になります。
# by maranatha | 2007-04-10 14:55

『「霊的戦い」に疲れていませんか』


 宗教トラブル相談センターに最も多く寄せられるのは「霊的戦い」に振り回され、精神的に疲れ果てた人からの相談です。これらの人が属する団体では病気、悩み、困難などの個人や団体にとって不都合なことはみなサタンや悪霊のせいで絶えず悪霊追い出しや「断ち切りの祈り」に明け暮れています。これでは神経衰弱や情緒不安定、うつ病になってしまいます。ところがうつ病になると一層悪霊のせいにされ、悪霊追い出しをされ疲れるという悪循環です。激しく戦闘が繰り広げられる地域の住民が、恐怖から精神的な病にかかるのに良く似ています。「霊的戦い」を実践している人にとって悪霊との戦いは終末まで終わりません。いや、終末に向かって一層激化していくのです。休息のない戦いといつも油断しないようにとの緊張の連続は、何かをきっかけに「ぷっつん」と切れるおそれがあります。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」(マタイ11:28)と言うイエス・キリストの声は、戦争心理状態に陥った人には聞こえません。権威主義的な「将軍様」のような指導者の顔をうかがい、信仰が薄い、もっと祈れの督励が聞こえるのみです。キリストは「あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたは世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」(ヨハネ16:33)と宣言しておられます。今や復活された主が内住しておられるのに、なぜ「霊的戦い」をしている人に平安がないのでしょう。それは信仰がイデオロギーにかわっているからです。その人の信仰の世界では悪魔がしばしば勝利を治め、その人の生活と心を脅かしています。一層の献身と什一献金の徹底と絶えざる祈りと群れの指導者への絶対服従によってしか戦いに勝つ道はないとい精神的依存体質が作り上げられています。このような精神構造は「権威主義的宗教集団」によく見られる現象です。そう、カルトの心理状態になっています。全能の神への信仰が揺らぎ、神と悪魔、善と悪の闘争史観に陥っています。ここからさらに一歩踏み越えると勝利のためには神との融合が必要であると主張して宗教儀式を行う神秘主義的オカルト集団に嵌ることになります。薬物による似非神秘体験はオウム真理教にありました・「霊的戦い」を実践している人は、しばしばその人の所属している団体から離れると悪魔にやられると恐怖を植え付けられて、離脱できません。恐怖のコントロールから抜け出るためには正しい情報が必要です。しかし、他の情報は誤っているとの情報のコントロール下にあるので、他の本や情報に触れることができません。そして体と心のバランスを崩してやむなく団体へ行けなくなって私のところに助けを求めてくるという図式ができ上がっています。それでも、カウンセリングを通して回復する人が起こされていることは幸いです。
# by maranatha | 2007-04-10 14:53

『宗教者に聞く!』

 「立命館大学リレー講座 現代社会と宗教Ⅱ・Ⅲ『宗教者に聞く!日本編上・下』(法蔵館読売新聞大阪本社編)が2007年1月、刊行されます。日本の宗教界を代表する方々が、現代社会に顕在化している問題にいかに取り組んでいるかを、この本は取り上げています。カルト問題は、オウム地下鉄サリン事件以来最も大きな社会問題として度々メディアで報道されています。私はこのカルト問題に長年正面から取り組み、啓発活動並びに救出活動を実践してきました。その一端をこの本の『下』で述べていますので、ご案内申し上げます。
# by maranatha | 2007-01-02 12:56

ハインリッヒの法則

 事故災害の確率を数式化したのがハインリッヒの法則です。1件の重大事故の裏には29件の軽度の事故があり、その裏には300件のひやりとする体験があるというのです。私はある県に毎月訪問しています。誤った牧会による被害者の相談に応じるためです。驚く程の問題が起きています。相談者は100名を超えました。現在、原告12名が3件の民事訴訟を提起しました。他にも裁判を準備中です。このことをハインリッヒの法則に当てはめると1:29:300が12:348:3600ということになります。
 ある県の牧師会は、「裁判を取り下げてもらえないか」と要求してきましたが、私は原告ではないので拒否しました。その後裁判が始まり、私に対して「憂慮」の三行の文書が届きました。牧師会は3件の被害者の会から証言の申し出があったにもかかわらず、全く無視しています。これが一方的な文書を送ってきた牧師会の実態です。牧師会の中では、「被害者の声を聞くべきだ」という発言があったと漏れ聞き、良識ある牧師の存在にわずかな希望を与えられました。
 なぜ牧師会は「憂慮」の文書を作成したのでしょうか。私は裁判がもたらす影響を恐れたからだと思います。表面化しないように押さえ込まれていたものがこの裁判を通して顕在化しました。原告が勝訴すれば泣き寝入している人が立ち上がるかもしれないです。裁判は証詞にならない。裁判は乱暴だという非難がありますが、牧師会は「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われない。」(憲法32条)を知っているはずです。12人の原告の背景に348人の軽度の問題が顕在化することを恐れるからこそやっきに押さえ込もうとしたのではないのでしょうか。ことは深刻です。精神的ダメージから回復していない人は裁判を起こせません。被害にあっているのに被害者の自覚のない人も同様です。3件の裁判のもたらす影響は大きく、牧師会は今後もこの問題から手を引くことができなくなりました。被害者から証言を聞かないで正しい判断ができるのでしょうか。
# by maranatha | 2006-12-09 01:25

「嵐の中で 7」

 昨年(2005年)5月24日(火)、25日(水)、沖縄で「カルト問題セミナー」を開きました。4月日永田保容疑者(当時)逮捕から約 1ヶ月半の時点で行われたセミナーでした。相談が始まった1月からの嵐の中で何を考 え、行動したかを知っていただくことは、カルトの類似事件にこれから取り組む 人々に参考になるかと思いレジュメを掲載することにしました。

(全7回に分けて掲載します、4/20掲載の記事「嵐の中で 1」 から順にご覧ください)


【レジュメP.6】
セミナー4
■ カルト化のチェックと予防 ■
A.「カルト」と「破壊的カルト」
B.破壊的カルトが引き起こすもの
1.家庭破壊
2.自己破壊(アイデンティティー破壊)
3.精神破壊
4.経済破壊
5.遵法意識の破壊

C.破壊的カルトの種類
1.宗教的カルト
2.政治的カルト
3.経済的カルト
4.心理療法カルト
5.教育カルト

D.破壊的カルトの魅力
1.宗教的欲求
2.生活共同体の欲求
3.権威への欲求
4.超越の欲求
5.社会変革への欲求

E.破壊的カルトからの予防
1.入脱会の自由に対する侵害
2.信教、思想の自由に対する侵害
3.通信、居住の自由に対する侵害
4.性、子供の権利に対する侵害
5.健康、文化的生活の権利に対する侵害
6.民主教育制に対する侵害
7.組織の民主制に対する侵害
8.プライバシーに対する侵害
9.その他の人権に対する侵害

—— Eのリストは 『宗教トラブル110番』 より ——
# by maranatha | 2006-05-01 11:33

「嵐の中で 6」

 昨年(2005年)5月24日(火)、25日(水)、沖縄で「カルト問題セミナー」を開きました。4月日永田保容疑者(当時)逮捕から約 1ヶ月半の時点で行われたセミナーでした。相談が始まった1月からの嵐の中で何を考 え、行動したかを知っていただくことは、カルトの類似事件にこれから取り組む 人々に参考になるかと思いレジュメを掲載することにしました。

(全7回に分けて掲載します、4/20掲載の記事「嵐の中で 1」 から順にご覧ください)

【 レジュメP.5】
セミナー3-2
心の変化と回復のためのカウンセリング 回復のためのカウンセリング

「神である主は、私に弟子の舌を与え、疲れた者をことばで励ますことを教え、朝ごとに、私を呼びさまし、私の耳を開かせて、私が 弟子のように聞くようにされる。」(イザヤ50:4)この御言葉を自分のことばにして祈る。

A 神への信頼の回復   
まず大切なことは神への信頼を回復させること。神との出会いに導くことによって身心の癒しが起きる。福音がその人自身の日常の経験の中に届くように 援助する。有効な聖句は「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従がって召され た人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは 知っています。(ローマ8:23) この御言葉の実際の体験を願い祈る。

 
B 人への信頼回復      
対人関係の恐怖心を取り除く。相手が関係を切らない限りこちらからは切らない。カウンセラーは良きサマリヤ人として関わる。神と 人への信頼回復の援助の自覚を持つ。因果応報的な話は一切しない。「神のわざがこの 人に現れるため」(ヨハネ9:3)の福音を伝える人となり、信頼を得る。

C 自分自身への信頼回復
心の中の思いが言葉化されて十分に表に出るよう に導く。自分自身の弱さと罪を認め、悔い改めに導く。セルフイメージが低くなっているので、その人の 存在をその人の目からではなく、神の目から尊いことを語りかけ、それを受け入れる ように勧める。

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛してい る。」 (イザヤ43:4)その人の良い点に目をとめ、評価、しさらに成長 を助ける。カウンセラーの目から見ても、その人の魅力を発見し、語りかけ、自分自 身への信頼と尊厳の回復を助ける。

要約
 そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽く し、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛よ。』 これがたいせつ な第一の戒めです。 『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』という第二の 戒めも、それと同じようにたいせつです。 律法全体と預言者とが、この二つの戒めに かかっているのです。」 (マタイ22:37〜40)この御言葉の中に神、人、自 分自身との愛の関係が明文化されている。
# by maranatha | 2006-05-01 11:30
宗教問題