歳を取った母に会うために熊本に帰った。前回会ったときは目を閉じたままだった。今回はしっかり目を開けて「ひそかね」と声をかけてくれた。散髪を済ませていたのですっきりしていた。
妹が車でいろいろ案内してくれた。父の母が生まれた村の中を車で巡ってくれた。「ここは津田たい、親戚よ。」「ここは永井、お父さんのおっかさんの里たい。」「菊池も親戚たい。」どうも長年の間に、みな血を分けた菊地一族の末裔たちになっているようだ。
母方の祖母の姉妹が嫁いだ津久礼を車で通った。その方の孫と結婚した方が花屋さんを営んでおられたので立ち寄った。初対面だった。私は知らなかったが、妹がちょくちょく花を買い求めていたようだ。熊本震災後、白川が氾濫してこの辺りは水に浸かって大変だったと妹が話していた。この花屋さんも浸かったそうだ。
メジロをたくさん飼っていた松田じいさんの話題になった。「あのおじいさん、よく家に来ていたね。昼間っから酒をよく飲んでいたなあ。」「ただ酒だからね。」床の間にはよく酒が何本も置いてあって、父は来客によく振る舞っていた。妹は「店ん前で、酒はなかとは言えんたい。」小さい時メジロ屋敷に行ったことがある。メジロ籠が山ほどあり、餌を練るのに手伝わされたことがあった。
姪の息子が連休に結婚することになった。それで祝いを届けようと姪夫婦の店に行った。ハーレーダビッドソンの販売店だ。祝いを渡すと「ひそかにいちゃんちょっとはやかとじゃない。」「祝い事ははやかがよかてきいたけん」私は叔父だが70歳になっても、昔から変わらず「にいちゃん」と呼んでくれる。
妹がもてなしてくれて満腹になった。「ちっと腹ごなしに散歩してくる。」「兄ちゃん、雨よ。」「よか、村ばぐるっと歩いてくるけん。」傘をさして自然と父の墓に足が向いた。雨が降る夜に墓場にじっとたたずむわけにはいかないので、墓の見える道端から黙とうをした。「お前が死んだらこん墓にはいってもよかっぞ」と兄が言った言葉を思い出した。教会の墓地もあり、実家の墓もある。先のことは心配ない。