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村上 密 Blog

誤った存在意義

資本主義と社会主義の対立構造が消えて、民族主義が台頭してきた。多民族国家では、多数民族と少数民族の対立が増加してきた。同じように、宗教原理主義が台頭してきた。宗教原理主義は、自分の宗教以外は認めない、善悪二元論である。時代が変わっても対立構造は変わらない。言うならば、この対立構造を用いれば、人は簡単にコントロールできると言うことである。異端やカルト、カルト化した教会は、善悪二元論と終末論でこの世を見る。自分たちを神の側に置くため、当然のように反対する人々を悪魔の側に置く。コミックも映画も、この対立構造がよく用いられている。言うならば、私たちの周囲は、このような考えが蔓延していて、誰もがこの考えに染まっているわけである。ネット上にあふれている情報で、悪魔やサタンを過度に多用して画像や記事を掲載している団体や個人は要注意である。ましてや、特定の団体や人物を悪魔化して攻撃することを正義と思い込んでいる狂信的信仰は要注意である。このような団体や個人には仲間や良好な関係の団体はない。なぜなら、自分たちが絶対善であり、相対的善を語る団体や個人は悪魔に取り込まれるので、協力者にしない。この対立構造こそが、狂信者の行動を駆り立てる原動力で、どんなに少数になっても、最小の個人になっても、なお自分が正義と公言できる根拠である。このような思考はカルトがよく用いるマインドコントロールである。カルトを脱会した人は、どう言うわけか、このような思考を強調する他の宗教団体に取り込まれやすい。間違った思考を克服していないからである。また自説を作り上げて、社会の片隅で、自己の存在意義を持ち続ける場合がある。単純な対立構造は、社会との関係性を希薄にする。ますます孤立して、妄想と情念の世界で生き続けることになる。世界は単純ではない。単純ではないことを単純化すると、歪曲化が高まり、偏見と差別を助長する。
# by maranatha | 2021-03-27 23:06 | マインドコントロール

体調回復

随分長い間、日本中を巡回してきた。理由は、異端やカルト、カルト化した教会問題を扱う人が少ないためである。この分野は、常に需要と供給が釣り合わない。超多忙か多忙を行き来しながら健康が維持されてきたのは、望外の結果である。多くの人々の要望に応えるために必要なのは信仰と健康である。私は20歳まで病気とケガによく見舞われた。21歳の時、イエスをキリストと信じて救われた。その時、あまりにも病気をしてきていたので、神に祈った。神さま、健康にしてください。その代わり、私が病気の為に支払う相当分の医療費をあなたに献げます。神は、信仰持ちたての私の身勝手な祈りを聞いて下り、健康を与えてくださった。私も約束を守ってきた。何と。30代より40代、40代より50代と段々体が丈夫になっていった。そして、60代の半ばまで健康に過ごしてきた。ところが、肺炎球菌予防接種を昨年11月にして、頭痛、めまい、筋肉痛、歯茎の腫れ等の副作用に見舞われ、体調不良となった。現在残っているのは歯茎の腫れのみとなった。この時期に花粉症が軽くて済んだのはよかった。誰でも体調には波がある。悪い時は悪いなりに体をいたわり、過ごすしかない。ほぼ健康な状態になったので、通常通りに必要なことに取り組むことにする。
# by maranatha | 2021-03-27 21:55 | 信仰

給与か謝儀か

給与か謝儀か、それが問題だ。給与は労働の対価である。謝儀は対価ではない。謝儀は、牧師の奉仕に対する教会の感謝の気持ちである。私たちにはこれだけしか気持ちを表すものがありません。些少ですが、お受け取り下さい。だから、牧師は、その感謝の気持ちを受け取る。もっと出せるだろうと言って、牧師が謝儀を役員会で強要してはならない。それは利益相反である。多くの牧師は、自分の際限のない奉仕に対して、教会が対応できないことをわかっているので、謝儀として受け取っている。教会に養ってもらっているのではない。神に養ていただいている、と思わなかったら、多くの牧師は薄謝に耐えられない。薄謝に耐えられるのは信仰である。神が養ってくださる。

西日本福音ルーテル教会では、教団運営者側が牧師にハンコを押さないように指導した。それは働いていない、と思わせるためのもので、実は働いていた。だから、「給与」は教会から変わらずに支払われていた。教会の収入減で困っているのは牧師個人ではない。教会を運営する代表役員としての牧師である。そして、教会の収入の減少で困るのは西日本福音ルーテル教会(団体)である。だから、当時の議長が収入減の対策として、雇用調整助成金を申請したのである。議長の意識は、給与であり、謝儀ではない。大半の教団、教会は雇用調整助成金を申請していない。教会は国に税金を払っていない。制度上は申請が可能でも、可能だからと言って申請はしなかった。困ったと言って、訴えるところは国ではなく、神である。アドナイ・イルエ(備えたもう主)である。

# by maranatha | 2021-03-26 10:18 | 教会

「不正受給」は西日本福音ルーテル教会

キリスト教団名が公表されているの、ここでもその名称を用いて、記事を書くことにする。西日本福音ルーテル教会は、昨年に雇用調整助成金を約930万円受給し、その後労働局から指摘を受けて今年の2月に全額返金している。正しければ、返金する必要がないので、不正を認めたことになるのではないか。指摘されて返金すればそれで済む問題ではない。指摘される前に自主的に返金であれば、このように世間を騒がすことはなかっただろう。

雇用助成金の受給は、当時の議長が社会保険労務士「経営管理センター」の指導を受けながら申請している。申請は当時の事務局長たちが各教会の牧師らに賛否を問い、賛成多数となったので行った。受給を受けることがトップダウンで行われているように見受けられる。多額の受給を教団として受けるのであるから、事務局長らが賛否を問いではなく、臨時総会を開いて決定する内容である。また、入金された約930万円は教団財産となったわけであるから、今年の2月の返金は、教団運営者たちの話し合いで決定するものではなく、臨時総会を開いて決定する案件である。第三者委員会は、議事録を精査し、規則に基づく行為であったかも検討しなければならない。規則に基づいていなかったら、運営者たち(代表役員・責任役員)は総辞職である。もし、これが日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団だったら、理事会案件ではなく、受給も返金も緊急性があれば臨時総会案件である。返金しても、代表役員は監督責任上、辞任することになるだろう。

この受給を個教会が決めたことに仮定してみよう。牧師が役員に賛否を問い、賛成多数なので受給を受けた。これは、役員会を開いて、決定しなければならない。また、返金も牧師の一存ではなく、役員会を開いて、返金を決定することになる。当然、教会員には経過説明を行い、代表役員(牧師)と責任役員は謝罪することになる。教会での責任の取り方は、教団と状況が違うので個々に判断することになるだろう。受給された金銭を使っている場合、使っていない場合は判断が違う。返金は牧師個人が返金するのか、教会が教会財産から返金するのかも状況によって違う。

西日本福音ルーテル教会の牧師の中には、この受給に反対する牧師もいた、と言うのは救いである。まだ、自浄作用が働く余地があるからである。何でも大事なことは公に議論することである。議案説明、質疑応答、賛成意見、反対意見、このようなプロセスを経て、議決することが大切である。

# by maranatha | 2021-03-25 22:39 | 教会

キリスト教団 助成金不正受給?

今日の文春オンライン(*)によると、あるキリスト教団に、コロナ助成金不正受給の疑いがかけられている。牧師の働きは礼拝が中心で、5月は礼拝を休止していたので、休業扱いして、助成金を申請して自給していた。牧師の働きは礼拝が中心という代表者の発言にはあきれる。牧会も大切な働きである。25日発売の「週刊文春」に教団名や実態が報じられる。この公表を待つことにする。私は以前この教団と幹部の問題で交渉した経緯がある。

「出勤簿には印鑑を押さないように」キリスト教団牧師がコロナ助成金を不正受給の疑い (msn.com)

# by maranatha | 2021-03-24 19:22 | 教会
宗教問題