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村上 密 Blog

創立72周年記念

10日、創立72周年記念礼拝と記念会を無事に終えた。普段礼拝に参加されておられる方に、懐かしい方々、新しい方々も加わり、多くの方々が礼拝に参加された。聖書箇所はエペソの手紙4章15節から16節。説教題は「キリストに向かって成長する」。今年の標語「かしらであるキリストに向かって成長する」を再確認する機会となった。祝会はゆとりがあって、よき交わりの時となった。祝会は、準備も配膳も片付けも、協力者が多くて手際よくできた。ひとつの区切りとなった。
# by maranatha | 2019-11-10 21:57 | 教会

創立記念の準備

先週の土曜日、教会玄関脇のもみの木とモチノキを剪定した。ついでに、西日対策に礼拝堂の西に朝顔を緑のカーテンのようにしていたのを取り除いた。一か所に集めていたのが一週間たったので水分が飛び、今日袋詰めして片付けた。礼拝堂や集会室の飾りつけも有志の協力で済ませた。明日の創立72周年記念礼拝と祝会の準備は大方終えた。
# by maranatha | 2019-11-09 13:02 | 教会

アッセンブリー京都教会

11月10日の13時は、アッセンブリー京都教会の創立72周年記念礼拝である。戦後まもなく始まった教会は、いくつもの試練を乗り越えてきた。信仰の先達たちの苦労は土地と建物のある今の私たちには思いもつかない。創立72周年を同じく信仰歴72周年を迎える2名の教会員も、72年前はまだ子供である。苦労をしたのは大人たちで、もはや御国に移っている。最初の教会堂を解体し、新会堂を立てて25年が経つ。この時に教会堂建設の苦労を共にした世代の教会員たちは中高年となった。礼拝になかなか参加できなくなって高齢の教会員も出てきた。クリスチャン四代目、三代目が集う教会としては、信仰の継承がまずまずの結果と言える。教会は全年齢が集う教会となっている。燃えるようなペンテコステの教会ではなく、静かな6気筒のエンジンを搭載した車のような教会である。音はあまりしないが宣教の力はある。
# by maranatha | 2019-11-08 21:09 | 教会

宗教問題

深刻な相談が続いていて手一杯である。11月、12月に新規の相談で動く時間が足りない。宗教問題の相談ができるところが少ない。話は聞いてくれるが、そのために動いてくれる相談所が少なすぎる。宗教トラブル相談センターを開設した時から、相談は途切れることなく今日まで続いている。他に回せるものは回したいが、他に相談したが話だけで具体的な取り組みについての話がないので、ここに問い合わせた、と言われれば受け付けざるを得ないことがある。深刻の度合いで、後回しにすれば、解決する方策がないまま深刻化する。ましてや深刻な相談は早急な取り組みが必要である。少しでも対策を知りたい場合、下記の本が参考になる。

*『Q&A宗教トラブル110番』(民事法研究会 共著山口広、滝本太郎、紀藤正樹)
*『宗教トラブルの予防と手引き』(教育資料出版会 消費者問題対策委員会編)



# by maranatha | 2019-11-08 18:13 | 宗教トラブル相談

坂本弁護士事件から30年

11月、坂本弁護士事件から30年がたった。当時、坂本堤氏は33歳だった。生きておられれば63歳である。長男さんは当時1歳であるから、生きておられれば31歳である。他者を死に至らしめる罪は重く、実行犯はすでに法によって裁かれ、死刑となった。普通の殺人事件と違うのは宗教が関係していることである。オウム真理教では、人を殺すことをポアと言い、救済の意味を込めて、罪の意識を薄めている。殺人の罪意識を少なくさせるものとして、宗教がある。そして、民族、国家というものがある。普通の人は大義がないと人を殺せるものではない。大義があっても殺人は難しい。人を殺せば、人は今までの自分ではおられない。自らが救済を一層求める人となる。宗教の熱狂主義ほど恐ろしいものはない。
# by maranatha | 2019-11-04 15:40 | カルト

生きていてほしい

自死を禁じる刑法はない。刑法199条の殺人罪には自己を死に至らしめる行為は含められていない。他人の自死に関与することは自殺幇助罪(刑法202条)で違法である。聖書の中の律法には、殺人に対する刑はあるが、自死に関する刑は書かれていない。キリスト教会では、自死を罪と思っている人が多い。それはキリスト教の文化であって、聖書の教えではない。自死を罪として裁く人は、自死した人の遺族を犯罪者の家族とは言わないが、そのように思わせるところがある。それが遺族に後ろめたさを与える。直接的には自死者をそして遺族を裁く根拠がないのに、文化で裁いている。法で裁けないものを文化で裁く、このことが遺族のこころの安らぎを奪うことになっている。私は自死を勧めているのではない。むしろ、生きていてほしい。追い詰められた結果の自死であれば、死に至らしめた他者がいて、その人こそ裁かれるべきだと言いたい。因果関係が明らかになればその人は裁かれる可能性がある。たとえば、いじめは犯罪である。いじめの被害者が精神的に追い詰められて自死を選ぶ。そのような自死をだれが裁けるだろうか。自死に至らしめた人こそ裁かれるべきである。心臓病でなくなる。鬱ならば脳の病気である。ベッドの上でなくなるのか、ベッドではないところでなくなるのかの違いである。心臓病も制限されている食事を過剰摂取すれば穏やかな自死と変わりはない。不摂生もまた穏やかな自死である。自分を愛するとは身体的には健康に努めることである。


# by maranatha | 2019-11-04 15:02 | 自死

裁量権

役員会の「裁量権」は規則の範囲内であって、規則を超えた裁量権はない。それは越権である。役員会の責任が問われる。信徒はそれをどう扱っていいかわからない。その場合は上部団体の教団が扱うことになる。ところが、教団の理事会が牧師をかばい、教会が不利を被ることがよくある。裁く側が牧師の集まりだからである。信徒理事がいる団体でも、理事や信徒理事が民法や規則に精通しているわけではないので、人間関係を重視して、規則に基づく判断を怠る場合がある。また、信徒理事が意見をしっかり語れない心理が働く。問題がこじれた場合は突破口をなかなか見つけることができないので、時間稼ぎ(問題の先延ばし)で、訴える側の精神的疲労を誘い、訴えの取り下げ、訴えの自然消滅を待つことがしばしばである。被害を被った信者は漠然とした大きな壁に突き当たる。役員会の判断が規則に基づくものであるかどうか、適切に記録が残されてあるか。それを知ることができるのが閲覧請求である。重要な判断は規則がなければ、役員会の中で話があっただけで決議されたことにならない。役員会記録に決議の記録が検討のレベルである。それで重要な処分など到底できない。越権行為である。信徒が教会から受ける被害で、かなしいかなこれが多い。役員会は規則に基づく運営をいつも心掛けなければならない。

# by maranatha | 2019-11-01 09:39 | 教会

厳しさの中にも愛情が

父が子に対して厳しく接しても、それは父が子を全否定しているわけではない。父は自分の子だから責任をもってしつけたり、教えたりしているである。それを勘違いして自分を否定していると思ってしまうと、関係がぎくしゃくなってしまう。カルトに入信して、厳しい父親のことを話すと、大抵は愛されていないのだと言って、父子関係を切り離し、カルトとの関係を深める材料に使われる。私は父は厳しかった。けれども、へブル人への手紙12章5節から13節を読んで、父子関係と天の父と私の関係を学ぶ機会が与えられ、厳しかった父を受け入れることができるようになった。父の厳しさの中にも愛情があったことを自分の子育ての中で思い出すことができた。「主は愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。」(12:6)



# by maranatha | 2019-10-31 23:14 | 聖書

教会規則改正

教会規則は教会の実情に合わせて規則改正ができる。ただし、役員会の3分の2以上、次に総会の3分の2以上の賛成が必要である。総会でいきなり規則改正ができるわけではない。教会規則と教会の運営が乖離していけば行くほど、役員会は無力化していく。なぜなら、牧師が教会運営の責任者で、規則を無視した運営を役員が止められないからである。総会で規則改正案が可決されたら、次は所轄庁に規則改正認証のために申請手続きをしなければならない。所轄庁すなわち都道府県庁の宗教担当係と規則改正案を役員会に諮っているときに事前の打ち合わせをしておくと、いろいろ親切にアドバイスしてくれる。

参考:http://www.bunka.go.jp/seisaku/shukyohojin/kanri/henko.html

# by maranatha | 2019-10-28 08:58 | 教会

忘れられない洗礼

今日、沖縄のあるビーチで洗礼式を執り行った。受洗者と一緒に海に入っていった。少しずつ浸礼できる深さまで進んだ。すると、白と黒の細長いものが海面の下に映画のフイルムがほどけたように揺れていた。少しずつそれに近づいた。2メートルほどまで近づいた。その時、ウミヘビだと気付いた。こちらに近づこうとしたので、来るな、と話しかけた。ウミヘビはこちらを見たままその場でとどまった。私たちは、その場から静かに離れ、洗礼式を済ませた。私は危険と感じて、事務所にウミヘビがいた場所を教えに行った。事務所の男性は毒性のないウミヘビではないか。繁殖期にウキ下の細いネットから入り込んでくる、との返事だった。その後、ネットで調べると、毒のない種類もあるが、ウミヘビの多くは強い毒を持っていると書いてある。特徴を思えていたので、それを検索して一番似ている画像を探した。どうやら、クロガシラウミヘビのようだ。沖縄の沿岸で浅瀬に生息、昼行性、体形は細く、神経性の毒を持っている。咬まれると最悪の場合は死に至ると注意書きがあった。そのビーチ名とウミヘビを検索してみたが記事が出てこない。忘れられないのはウミヘビがいたからだけではない。10年間、ほぼ毎月カウンセリングを兼ねた会話と聖書の学びをしてきた高校生が洗礼を受けたからだ。



# by maranatha | 2019-10-27 22:06 | 教会
宗教問題